電動航空機の開発状況は?

 電動航空機の開発はリージョナル航空機(短距離輸送用ターボファンエンジン搭載航空機)市場を目指し、大手航空機メーカーを中心にハイブリッド化が進められている。一方で、小型プロペラ機は電動化メリットが大きく、多くの航空機メーカーでピュアエレクトリック化が始められている。
 
 一方、2005 年頃から大手航空機メーカーは航空機への燃料電池適用のFSを進めてきたが、大きな進展は見られなかった。2020年に入ると中大型航空機を対象に、エアバスは水素燃焼タービン航空機と燃料電池適用開発に一歩踏み出したが、現時点でボーイングはSAFに軸足を置く戦略を崩していない。

小型機のピュアエレクトリック化

 2016年7月、ドイツSiemens(シーメンス)を中心に開発された全長7.5mのピュアエレクトリック航空機「Extra 330LE」が初飛行に成功した。電動モーター(最高出力:260kW、重量:50kg)でプロペラを回転させて推進力を与える。
 機体の前方にはシーメンス製の電動モーターとインバーターのほかに、スロベニアの小型飛行機メーカーであるPipistrel(ピピストレル)が開発した蓄電池モジュールが搭載されている。

図1 離陸するピュアエレクトリック航空機「Extra 330LE」

 2019年10月、米国NASAはピュアエレクトリック航空機による高速巡航効率、ゼロエミッションフライト、高い静粛性の飛行実証のため、一人乗り小型実験機「X-57 Maxwell」の基礎研究を開始した。イタリア製の双発プロペラ機「Tecnam P2006T」のエンジンを電気モーターに換装したものである。
 X-57の最終形Mod Ⅳでは、主翼端の2基の巡航モーター(出力:60kW)でプロペラを回し、翼端に生じた回り込み渦を前縁12基の小型高揚力モーターで減少させる。12基の高揚力モーターで離陸し、巡航高度に達すると高揚力モーターを停止して、2基の巡航モーターで飛行する。

図2  NASAが開発中の「X-57 Maxwell」1人乗り小型電動飛行機の完成想像図

 2020年5月、米国航空機用電動機メーカーのmagniX(マグニクス)と航空機関連企業AeroTEC(エアロテック)は、商用の高翼単発ターボプロップ機「Cessna 208B Grand Caravan」を完全電動化したピュアエレクトリック航空機「eCaravan」で、30分間の初飛行に成功した。
 eCaravanは全長12.67m、全幅15.8mで、magni500電動プロペラ(出力:560kW)を搭載している。

図3 マグニクスとエアロテックの開発したピュアエレクトリック航空機「eCaravan」

 2021年8月、イスラエルのEviation(エビエーション)は全長17.09m、翼幅18m、乗員2名+乗客9名のピュアエレクトリック航空機「Alice」を開発し、2020年代前半の就航(EIS:Entry into service)を目指している。 
 magniX製の電動ファン(出力:260kW)を両翼端部に1基づつ、テール部に1基設置し、LIB電池(容量:820kWh)を搭載している。巡航速度:407km/h、航続距離:815kmである。Aliceのローンチカスタマーは、米国マサチューセッツ州を拠点とするリージョナル航空会社Cape Airである。

図4 イスラエル・エビエーションの開発したピュアエレクトリック航空機「Alice」

 2021年11月、英国のRolls-Royce(ロールス・ロイス)は、ピュアエレクトリック航空機「Spirit of Innovation」の試験飛行で、3km区間を555.9km/h、15km区間を532km/h、瞬間最高速度:623km/hの世界新を記録した。
 電動モーター(出力:400kW)の開発、インバーターの改良、高エネルギー密度の蓄電池の開発により、1回の充電で航続距離:約320kmを達成している。

図5 ロールス・ロイスが開発したピュアエレクトリック航空機「Spirit of Innovation」

 2021年8月、イタリア機体メーカーのTecnam(テクナム)とノルウェーのWiderøe(ヴィデロー)航空は、2026年にノルウェー国内線でピュアエレクトリック航空機「P-Volt」の就航を目指している。  
 テクナムの11人乗り小型プロペラ機「P2012 Traveller」を完全電動化して離着陸時間が短く、ノルウェーの地域間移動に適している。電動推進系はロールス・ロイス製を採用する。

図6 テクナムとヴィデロー航空のピュアエレクトリック航空機「P-Volt」

 2021年11月、米国Wright Electricは、2023年に電動モーター1基、2024年に電動モーター2基の飛行試験を実施した。2026年に電動モーターを10基搭載し、乗客186人、航続距離:1300kmのピュアエレクトリック航空機「Wright 1」を完成させて、2030年の就航を目指す。
 Wright Electricは、NASA、米国防総省、米空軍、米陸軍との契約で超軽量電動モーター(出力:2MW、液冷方式)と制御用インバーターなどの電動推進系を開発した。現状の航空機用電動モーターと比べて単位重量あたりの出力は2倍の10kW/kgで、出力:500kW~4MWまで対応可能である。

図7  米国のWright Electricのピュアエレクトリック航空機「Wright 1」

中大型機のハイブリッド化

 現状の蓄電池性能では航続距離の問題から完全電動化が困難な中大型旅客機を対象に、ハイブリッド航空機の開発が米国ボーイングを中心に進められている。

 米国NASAは150人乗りクラス旅客機を対象に、パラレル方式「SUGAR Volt」シリーズ方式「STRAC-ABL」の開発プロジェクトを推進し、超伝導モーターなどのコア技術開発をおこなっている。
 また、将来を見据えてNASAはウィングボディ形状のターボ・エレクトリック分散推進方式の旅客機「N3-X」、JAXAはSOFC-ガスタービン複合サイクル発電機を搭載したウィングボディ形状のシリーズ方式エミッションフリー航空機の開発構想を発表している。

 一方で、2017年11月、欧州エアバスはロールスロイス、シーメンスと共に、シリーズ方式のハイブリッド電気推進システム「E-Fan X」の実証機開発でパートナーシップを締結した。しかし、経済的な視点と技術的な成熟段階を見据えた結果、2020年4月に「E-Fan X」の事業化計画を破棄した

ボーイング

 代表的なのが亜音速旅客機「SUGAR(Subsonic Ultra-Green Aircraft Research)」で、GE製のハイブリッド電気推進エンジン(Hybrid electric engine)を装備し、通常燃料の「SUGAR Volt」液化天然ガスの「SUGAR Freeze」の2ケースが検討されており、NASAが2030~2035年の実用化を目指している。

図8「SUGAR Volt」機の完成予想図

 パラレル方式の「SUGAR Volt」の機体はB737機とほぼ同じ寸法で、長大なトラス支柱翼(TTBW:Transonic Truss-Braced Wing)を搭載することで、遷音速(マッハ1前後)で飛行する際に、現在主流の片持ち式翼に比べて軽量化と空気抵抗を抑え、燃費の5~10%改善をめざしている。
 また、蓄電池は窒化ボロン・ナノチューブ(Boron Nitride Nanotube)を使う高容量型を開発し、両翼下面ポッドに収納する。

 短距離巡航時はコアエンジンを使わず、蓄電池の電力で超電導モーター注釈)を回し、その動力をファン駆動軸に伝えて飛行する。長距離飛行時はコアエンジンを使ってファンを駆動し、その余剰分を超電導モーター/発電機に伝えて蓄電池を充電する。 

 コアエンジンに超電動モーター/発電機が連結され、バイパス比は20近く、コンプレッサー圧力比(OPR:Overall Pressure Ratio)も現在の40程度から50+に上げる計画である。燃費、騒音、排ガスを大幅に改善し、現用機に比べ燃費60%低減を目標とするNASA「N3」プロジェクトに対応する。

 シリーズ・パラレル・パーシャル方式の「SUGAR Freeze」では機体後部にBLIファンを設置し、胴体表面に生じる境界層を吸い取り、抵抗を減らすことで推力を増して燃費低減を目指す。

図9 「SUGAR」のハイブリッド電気推進エンジンの概念図

 2022年2月、ボーイングはGEアビエーションとハイブリッド航空機デモンストレーションプログラム(EPFD)で提携した。GEアビエーションとNASAは高出力のハイブリッド電気推進システムを搭載したナロウボディー機の研究協力を進めており、このプログラムにボーイングが参加する。
 子会社のオーロラ・フライト・サイエンス(Aurora Flight Sciences)を通じて、近距離用双発ターボプロップ旅客機「サーブ340B」の機体に、GE製CT7-9B型のハイブリッド電気推進システムを搭載し、2020年代半ばに地上試験と飛行試験を実施する。

注釈)超電導モーターとは

 そもそもなぜ航空機の推進システムに超電導技術が必要なのでしょうか? これは一般的に,モータが銅線コイルと鉄心でできた,いわば「銅と鉄の塊」であることに理由があります.一般に超電導線材は,液体窒素(−196 °C, 77 K)や液体水素(−253 °C, 20 K)などの冷媒を用いて極低温まで冷却することで,銅線の数十,数百倍の電流を流すことが可能です.言い換えれば,同じ電流を流すことができる断面積が,超電導線材の場合は銅線と比べて数十,数百分の一で済むということを意味します.つまり銅線と比べて軽量・コンパクトなコイルを作り出すことが可能です.

 また,モータには一般に銅線コイルで発生させた磁束密度を有効活用するため,磁気回路を形成するために鉄心を使用します.しかし,そもそも超電導コイルはコンパクトなサイズで大電流を流し,銅線の場合よりも強力な磁界を発生させることができるので,鉄の使用量を大幅に低減することが可能です.以上から,超電導線材を用いることで重量を大幅に低減した高出力密度な電動推進航空機用のモーターを実現できる可能性があります.

超伝導技術は大空へ超伝導モータによる航空機推進系の電動化革命 寺尾 悠著 、応用物理学会より抜粋

ズナム・エアロ

 ボーイングの出資を受ける米国ZUNUM Aero(ズナム・エアロ)は全長13 m、翼幅16 m、12客席、最大離陸重量:5.2トン(内蓄電池重量:1.4 トン)のシリーズ方式の小型ハイブリッド航空機を開発し、2022年に短距離リージョナル航空機市場への参入を目指している。
 2018年5月、ローンチカスタマーとしてカリフォルニア州南部のジェットスイーツ(JetSuite)が名乗りを上げている。

 フランスのサフラン・ヘリコプター・エンジン(Safran Helicopter Engines)製の「Ardiden 3Z」を改造したジェットエンジンと発電機(出力:500kW)を機体後部に設置し、機体後部両側に電動ファンを2基搭載している。巡航速度:540 km/h、航続距離:1100 kmである。

 離陸時にはコアエンジンの電力で電動ファンを駆動して、巡航高度に達すれば停止し、蓄電池だけで電動ファンを回して巡航する。蓄電池技術が進歩すれば、ピュアーエレクトリック化する計画としている。ジェットエンジンの供給元であるサフランと連携して開発を進めている。

図10 ズーナムエアロのハイブリッド航空機のイメージ図

NASA

 米国NASAは、航空機メーカーのボーイングと150人乗りクラスではパラレル方式の「SUGAR Volt」の開発を進めており、シリーズ方式では「STRAC-ABL(Single-aisle Turboelectric Aircraft with an After Boundary-Layer propulsor)」旅客機の開発を進めている。

図11 NASAが提案する境界層吸入ファン付き狭胴型旅客機 (STARC-ABL)

 STARC-ABLの開発には、ボーイング、ジョージア工科大学、リバティー・ワークスなどが参画しており、オハイオ州クリーブランドのNASA グレン研究所では、両翼に取付ける低排気ガスの小型高バイパス比のファンエンジンと、尾部に取付けるBLIファンの研究を行っている。

 STARC-ABLはB737機とほぼ同サイズで、両翼の小型ジェットエンジンと発電機(総出力:2.8MW)で、尾部のBLIファン(出力:2.6MW)を駆動する。ジェットエンジンは離陸時に必要な推力の80 %を分担し、巡航時は66 %で巡航速度:962km/hである。BLIファンが残りの推力を分担する。

 現在の機体に比べて燃費は10 %程度の節減が可能としている。2017年6月末に「STARC-ABL」Rev. Bモデル案を完成し、2018年末までにRev. C案の検討を終了、2020年にRev. D案をまとめ、最終的には「STARC-ABL」を2035年頃に就航させる計画である。 

図12 NASAのハイブリッド航空機の実証機「STARC-ABL」Rev.Bモデル

 一方、NASA では将来を見据えたハイブリッド航空機として、胴体部や尾翼がなく、主翼のみで機体全体が構成されたウィングボディ形状のターボ・エレクトリック分散推進方式(TeDP=Turbo-electric Distributed Propulsion)の旅客機「N3-X」を発表している。

 翼端に配置したターボシャフト・エンジンで超電導発電機を回して発電し、翼胴後縁上面に配置した超電導モーター駆動の多数の小型ファンを回す。ファンは低圧力比(1.5:1)で推進効率が高く、また翼胴上面の境界層を吸い込み揚抗比を大きくして、燃費と騒音を改善する計画である。

図13 NASAが提案するターボ・エレクトリック分散推進方式
の旅客機「N3-X」

JAXA

 日本のJAXAは、中大型旅客機を対象にエミッションフリー航空機を提案している。推進系はジェットエンジンと燃料電池、発電機、蓄電池、超電導モーターを組み合わせたシリーズ方式である。2基のジェットエンジンで発電した電気で、ウィングボディの後端に並べた10基のBLIファンを駆動させる。 

 電動ハイブリッド推進システムは、固体酸化物型燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)とガスタービンのハイブリッド発電機と分散電動ファンを組合せたもので、現在のジェット旅客機に比べて燃費を50%以上削減できるとし、2030~50年代の実用化を目指している。

 現時点で水素燃料には限定していないが、水素を利用する場合の燃料タンクや周辺構成についても検討が進められ、その中に水素燃料の極低温特性を利用した超電導発電機/モーターも含まれている。

図14 JAXAのエミッションフリー航空機の構想
出典:JAXA、ÉCLAIRコンソーシアム

超電導モーター開発の一例

 2022年10月、東芝は展示会「CEATEC 2022」で、中小型旅客機用に出力:2MW級の超電導モーター(ドラム部分の長さ:70cm、直径:50cm)の実物大模型を出展した。耐熱性に優れたSmCo磁石を採用し、空冷方式で補機を必要とせず高出力密度化を進めている。

 超電導モーターは、磁界を発生させるコイルに、極低温に冷却すると電気抵抗値がゼロになる超電導線材を使うことで、より少ない巻き数のコイルでも強い磁界を発生させることができるため、高速回転かつ高出力を実現すると同時に、体積と重量をそれぞれ1/10以下と大幅な小型軽量化が可能である。

これがジェットエンジン代替の超軽量超電導モーター、東芝が出展 | 日経クロステック(xTECH) (nikkei.com)

 

ロールスロイス

 英国ロールスロイスは、ヘリコプター搭載で成熟度の高いM250ガスタービンエンジンをベースに、航空機用ハイブリッド電気推進システムの開発を進め、ハイブリッド電気垂直離着陸機(eVTOL)、ハイブリッド航空機、ハイブリッドヘリコプターなどへの搭載を計画している。 

 M250ハイブリッドパワーパック(出力:500kW~1MW)は、M250ガスタービンエンジン、高エネルギー密度の蓄電池、発電機、電力変換器、電力管理/制御システムで構成され、2019年3月には①シリーズ、②パラレル、③ターボ・エレクトリックの3運転モードで地上試験が行われた。

シリーズ方式では、ガスタービンエンジンは蓄電池を充電するターボジェネレータとして動作し、補機用電力は蓄電池から供給
パラレル方式では、推力に必要な電力はガスタービンエンジンと蓄電池の組み合わせによって供給され、補機用電力は蓄電池から供給
ターボ・エレクトリック方式では、ガスタービンエンジンは純粋な発電機として作動し、推力と補機用電力の両方を供給し、蓄電池は補助的に使用

 地上試験では、離陸時、巡航時、着陸時、地上移動での使用のシミュレーションが含まれており、航続距離:約1600km、最大重量:2000kgの航空機を含むプラットフォームに対してシステムの適合性が確認された。2021年以降に航空機搭載と飛行試験が計画されている。

 M250ハイブリッドパワーパックは、地域航空を含む大型航空機用に開発されたAE 2100 2.5MWシステムを補完し、E-Fan Xデモンストレータープラットフォームでエアバスにより試験が行われている。

エアバス

 欧州エアバスは、これまでに数種類の電動航空機を開発している。2017年11月には、エアバス、ロールスロイス、シーメンスの3社が、シリーズ方式のハイブリッド電気推進システム「E-Fan X」の開発でパートナーシップを締結している。

図15 ハイブリッド電動推進システムを搭載した「E-Fan X」実証試験機

 100席級リージョナル機である短距離輸送用ターボファンエンジン搭載航空機「BAe 146 (British Aerospace 146)」について、4基のジェットエンジンのうち1基を電気推進システム(出力:2MW)に置き換えて飛行試験を実施している。

図16 ハイブリッド電気推進システムの「E-Fan X」実証機の構成

 「E-Fan X」には、ロールスロイス製AE3007型ターボファンエンジンのファンとナセルが使われ、電力は機体内に搭載したロールスロイス製AE2100タービン駆動の発電機で供給し、離陸/上昇時には蓄電池(LIB、出力:700kW)の電力で補助する。

 システムの完成度が確認され次第、さらに1基のターボファンエンジンを電気推進システムに置き換え、さらにシリーズ方式で翼部にBLIファンを分散配置することで、空力性能向上を目指した「E-Fan X」の後継機の構想も公表し、2030年代の就航を目指していた。

 しかし、2020年4月、エアバスはハイブリッド電気航空機「E-Fan X」の事業化計画を破棄すると発表した。この中止は、経済的な視点と技術的な成熟段階を見据えた結果としている。

ハートエアロスペース

 2022年12月、スウェーデンHeart Aerospace(ハート・エアロスペース)は、支柱付き主翼の30人乗りの電動旅客機「ES-30」を発表した。2026 年に 初飛行、2028年に商用飛行を目指している。
 航続距離は完全電動モードで最大200km、Honeywell と Rolls Royce が開発したスタンバイ ハイブリッド ターボ発電機によるハイブリッド運航で最大400km、乗員25人以下なら800kmとしている。米国ユナイテッド航空やエア・カナダなどが導入する方針を示している。

 スカンジナビア航空(SAS)は、電動航空機「ES-30」が世界初飛行となる2028年就航便の予約受付を開始した。出発日や運航期間を決めていないが、航空史を塗り替える画期的な初飛行への参加者を募集中で、価格は1946スウェーデンクローナ(日本円で約26,000円)。

図17 ハートエアロスペースのハイブリッド航空機「ES-30」

 2023年6月、カワサキモータースは、ハイブリッド機の開発を手掛けるフランスのボルトエアロへの出資を発表した。カワサキはボルトエアロ向けにエンジンを供給する計画で、資本提携により協業を深め、航空機分野の販売拡大を目指す。
 ボルトエアロは2017年設立で、「Cassio」と名付けたモデルで、5人乗り、6人乗り、12人乗りのハイブリッド機を開発している。基本は電気を動力としながら航続距離を延ばす際に内燃機関のエンジンを使う。2024年中に型式証明を欧州連合(EU)から取得し、2025年には機体納入を開始する。

燃料電池航空機

 2005 年頃からボーイングとエアバスが燃料電池適用に関するフィージビリティー・スタディーを進めている。ただし、従来からジェットエンジンに連結された交流発電機、あるいは小型ガスタービンによる補助動力装置 (APU;Auxiliary Power Unit) の燃料電池への置き換えである。

 全電動化航空機(AEA:All Electric Aircraft)構想の一環で、油圧・空気圧による駆動も電気系統で統一し、飛行するための推力以外は全て電動化することで、機体システムとして燃費向上、低コスト化を実現するのが狙いである。
 具体的には、自動車で実用化された固体高分子型燃料電池(出力:数十kW級)の航空機用非常用電源や機内分散電源への採用検討が行われている。将来的には、小型・高効率のSOFC(数百kW~MWクラス)による補助電源あるいは主電源への採用が進むとも考えられている注釈)

 2008年4月に、ボーイングは、航空機史上初となる燃料電池航空機の有人飛行に成功している。翼幅16.3mのオーストリアDiamond Aircraft Industries製の2人乗りモーターグライダー「Dimona」を使用し、スペインのマドリード南オカーナの飛行場で、SENASAにより飛行試験が実施された。

 Boeing Research & Technology Europe(BR&TE)製のPEFCと蓄電池(LIB)を搭載し、従来のプロペラに接続して電動モーターを駆動させた。離陸時や上昇時には蓄電池から電力を補給し、巡航時には燃料電池のみで巡航速度:100km/hで、約20分間の直線飛行に成功している。

図18 ボーイングによる初の燃料電池航空機の飛行試験 

 また、エアバスも、2008年にPEFC(出力:20kW)を A320機 に搭載し、耐航空機搭載の可能性について飛行実証を行っている。

注釈)国内における燃料電池の開発状況

日本では1970年代の2度の石油ショックを経て、1981年に開始された通商産業省「ムーンライト計画」(1993年以降は「ニューサンシャイン計画」)で、水力・火力・原子力に次ぐ第4の発電方式と位置付けて、「燃料電池(Fuel Cell)」の開発が推進された。

 1990年代にはリン酸型燃料電池(PAFC:Phosphoric Acid Fuel Cell)が実用化段階に入り、産業用途で出力:100~200kWのオンサイト発電(熱電併給)が行われた。その後、大規模発電用途を目指して、溶融炭酸塩型燃料電池(MCFC:Molten-Carbonate Fuel Cell)の開発が進められた。

 2000年代に入ると、2002年に本田技研工業とトヨタ自動車が相次いで、固体高分子型燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)と水素タンクを搭載した燃料電池車(FCEV)を発売したことで、再び燃料電池が脚光を浴びる。

 一方、PEFCの出力密度が大幅に向上し、長寿命化が達成されたことで、2009年には一般家庭を対象に定置用燃料電池システム(出力:0.7kW)の商品化が相次いだ。

 2010年には一般家庭を対象に、総合効率の高い固体酸化物型燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)の定置用燃料電池システム(出力:0.7kW)が商品化されたが、その後、高出力の業務・産業用途(出力:5kW~)へのシフトが進められている。

 燃料電池は電解質の種類によって分類され、以下のように作動温度が異なり、高温タイプほど発電効率は高くなる傾向にある。液体電解質のPAFCとMCFCは大規模発電向きとされ、固体電解質を使うPEFCとSOFCはコンパクト化が容易で移動体の電源として適している。

①アルカリ型燃料電池  (AFC:Alkaline Fuel Cell、作動温度:~250℃)
②リン酸型燃料電池   (PAFC、作動温度:150~200℃)
③溶融炭酸塩型燃料電池 (MCFC、作動温度:600~700℃)
④固体高分子型燃料電池 (PEFC、作動温度:~100℃)  
⑤固体電解質型燃料電池 (SOFC、作動温度:700~1000℃)

 実際に、燃料電池車(FCEV、出力:110~130kW)には、固体高分子型燃料電池(PEFC)が採用され、燃料容器として高圧水素ボンベ(使用圧力:70MPa~)が搭載されている。

 定置式の家庭用燃料電池「エネファーム」(出力:700W)にはPEFC、業務・産業用燃料電池(出力:5kW~)にはSOFC が採用され、都市ガス(CH4)やLPガスから水蒸気改質法による燃料改質器で水素を生成・供給する。

 2020年には、欧米においてガソリン車の新車販売の段階的禁止が始まった。そのため、新車のゼロ・エミッション(ZEV:Zero Emission Vehicle)車両化が各国で推進されている。ZEVとはBEVとFCEVであり、HEVとPHEVは過渡レベルと位置付けられた。ZEV化は航空機開発にも影響を与えた。

 2023年8月、経済産業省は次世代航空機の燃料電池航空機の開発に関して、搭載する水素燃料電池や関連システムの開発企業を支援し、2030年度までに飛行実証試験をめざすと公表。
 同年10月、航空機向けの水素燃料電池システムの開発に173億円、燃費性能の高いエンジン制御システムなどの開発に133億円をあてNEDOが運営する「グリーンイノベーション基金」から拠出する。年内に事業者を公募し、2024年度に研究を始め、2030年度までの実証試験をめざす。   

ボーイング

 主推力源として燃料電池+電動モーターに置き換える検討も行われたが、現状ではジェットエンジンの代替は困難として、小型機を対象にレシプロエンジンのPEFC(出力:20kW)への置き換え検討を進めている。

 また、大型機B777 クラスを対象に、小型ガスタービンのAPU(出力:440kW)をハイブリッドシステム(SOFC(出力:330kW)+ガスタービン(出力:110kW))に置き換え、地上運航時の燃費を75%削減、巡航時に主電源の代替使用で燃費を40%削減、大幅なNOx削減が可能と試算している。

 ただし、現状技術レベルのSOFC適用には多くの課題が残されており、成熟度の高いPEFCよる機内分散電源あるいは緊急動力電源(EPU) のRAT (Ram Air Turbine) の置き換えについても検討している。 

エアバス

 2014年には、小型ガスタービンのAPU(出力:400kW)など既存電源のハイブリッドシステム(SOFC+小型ガスタービン)による置き換えの検討も進めたが、大型機を対象に緊急動力源 (EPU) の RATの燃料電池への置き換えの検討を行っている。

 一方で、2020年4月、「E-Fan X」と呼ばれるハイブリッド航空機の事業化計画を破棄することを発表した。この中止は新形コロナの感染拡大による航空機事業の環境悪化の下で、経済的な視点と技術的な成熟段階を見据えて行われた判断としている。

 2020年9月、100~200人乗りの水素燃料を用いたゼロエミッション民間航空機「ZEROe」を、2035年に実用化すると発表した。後述する3種類の「ZEROe」は水素を燃料とするガスタービン・エンジンを搭載し、燃料電池によりガスタービンを補完するハイブリッド技術を採用する計画である。

 2020年12月、「ZEROe」開発で検討中の一つとして燃料電池プロペラ推進システム(ポッドシステム)を公表した。

 ポッドとは8枚の羽根を回して推力を得る装置で、航空機の主翼の下にそれぞれ3基ずつ取り付けられる。各ポッドには、プロペラ、電動モーター、燃料電池、パワーエレクトロニクス、液体水素燃料タンク、冷却システムなどが搭載され、スタンドアロンで機能する。

 ポッドシステムは、迅速に取り外し/取り付けが可能な仕組みで、空港でのメンテナンスと水素燃料の補給が短時間で可能である。ポッドは選択肢の1つで、2025年までに最適なコンセプトに絞り込む。

図 19 エアバス検討中のポッドシステムを6基装備した旅客機

ドイツ航空技術研究所(DLR)

 2009年7月、DLRとバーデン・ヴュルテンベルク州太陽エネルギー・水素研究センター(ZSW)は、ダイムラー・クライスラー、カナダのバラード・パワー・システムズの支援を受けて、単発プロペラ式の燃料電池航空機「Antares DLR-H2」の初飛行を実施した。

 動力源は、巡航時に使う固体高分子型燃料電池(PEFC、出力:10 KW 級)と、離陸時の補助用蓄電池(容量:20kW) であり、両翼に吊り下げたポッド内に燃料電池と高圧水素タンクが収納されている。

図20 ドイツDLRが開発した燃料電池航空機「Antares DLR-H2」

 2016年10月、DLRは4人乗りの燃料電池航空機「HY4」の飛行に成功している。双胴機「HY4」は機体中央部にPEFC(出力:80kW)による駆動システムを内蔵して前方のプロペラを回転させ、2つの胴体の前部に乗員2人+乗客2人を収容する。

 カナダのハイドロジェニックスが燃料電池を供給し、離陸時・上昇時に蓄電池から電力を補給する。最高速度:200km/h、巡航速度:145km/h、機体の総重量:1500kgで、航続距離:750~1500kmである。HY4をベースにして、最大19人の乗客を運べる規模まで拡張できるとしている。

図21 ドイツDLRの開発した燃料電池航空機「HY4」

 一方、小型の燃料電池航空機の飛行試験と並行し、最近では中大型旅客機を対象とした飛行試験についても、第一ステップとして燃料電池を補助電源と位置付けた開発を進めている。

IHI

 2012年10月、IHIとIHIエアロスペースはボーイングと共同で、アメリカン・エアラインのB737-800に再生利用燃料電池システム(RFC:Regenerative Fuel Cell)を搭載し、約4時間の飛行試験を行った。PEFCをベースに、厨房設備などに電力を供給する補助電源として使用した。

 RFCは、2000~2009年にIHI エアロスペースとJAXA が開発しており、巡航時の余剰電力で水から水素と酸素を生成し、上昇・下降時に燃料電池発電を行う仕組みである。RFCはエネルギー密度がリチウムイオン電池の2~3倍程度と高く、燃費削減と発電機の小型化を可能とする。

図22 再生利用燃料電池(RFC)のシステム構成

 2023年3月、秋田県立大学、秋田大学、秋田県内地域企業等と共同で、出力250kWの航空機推進系大出力電動モータの試作機の開発に成功。永久磁石を高密度磁石配列(ハルバッハ配列)することで、磁石の利用効率を最大化し、大出力(高効率)化、小型化、軽量化に成功した。
 IHIでは、本モータを1MW以上に増強し、200人乗りの中型旅客機に電動ハイブリッド推進システムとして搭載することを想定している。

 2023年6月、空気の薄い上空で燃料電池に水素と反応させる空気を供給するため、独自開発の空気浮上式ガス軸受電動モータを搭載した軽量・小型で世界最高レベル出力の電動ターボコンプレッサを開発。燃料電池から排出される水蒸気をコンプレッサ動力として活用して出力:100kWを達成した。 
 また、飛行中の薄い外気を圧縮して客室空調へ供給し、従来は外気に捨てている客室の圧縮空気からエネルギー回収ができる電動コンプレッサとしての応用も可能である。

 2023年11月、秋田大学、三栄機械と連携し、航空機燃料電池向けの電動水素ターボブロアを開発して実証運転に成功。燃料電池発電時に未反応で排出される水蒸気を含む大量の水素(水素供給側の排出ガス)を回収し,燃料極(アノード)に再循環する装置で、独自のガス軸受超高速モータを採用し大容量化を達成した。
 開発装置は水素雰囲気中で使用するための密閉構造化や、大容量化に必要なモータ排熱性能の向上を進め、航空機燃料電池として必要な出力:400kWを超える大型燃料電池の水素再循環を1台で実現した。

 2024年1月、航空機・エンジン電動化システム(MEAAP:More Electric Architecture for Aircraft and Propulsion)の実現に向け、ジェットエンジン後方のテールコーン内部に搭載可能な1MW級のエンジン内蔵型電動機/発電機を、NEDO支援を受けて国内各社と連携して開発した。
 今回の開発では,300℃耐熱絶縁被膜を有する高密度成形コイル技術や新開発の排熱システム技術に加え、発電機構造の見直しによる効率改善を図り、現在、世界的に進められているハイブリッド電動推進システムのコア技術として適用可能としている。2020年代半ばには、エンジンに搭載して実証試験を行う。

図23 エンジン内蔵型電動機/発電機 出典:IHI

ゼロアビア

 2020年9月、航空機向け燃料電池パワートレインを開発する英国ZeroAvia(ゼロアビア)は、水素燃料電池航空機の20分程度の試験飛行に成功した。英国政府が支援するプロジェクト「HyFlyer」の一環として行われ、機体は6人乗りの民間航空機(Piper Mクラス機)である。

 ZeroAviaは、2023年に商用ゼロエミッション航空機を市場投入する計画で、まずは座席数:10~20人、航続距離:約800kmの短距離フライトから始め、運用コストを従来の約半分に抑える。さらに、2040年までに座席数:200人以上、航続距離:約5400kmを実現する。

図24 英国ゼロアビアの水素燃料電池航空機

 

HES Energy Systems

 シンガポールのHES Energy Systemsが開発中の燃料電池航空機「Element One」は、乗客4人の短距離輸送用ターボファンエンジン搭載航空機(リージョナル航空機)で、航続距離は燃料の貯蔵形態(気体/液体)により異なるが500~5000kmとしている。2025年までの初飛行を目指している。

 搭載される超軽量燃料電池推進システム「AEROPAK-XL」は、水素タンク、燃料電池、電気制御機構を一体化して重量エネルギー密度:500Wh/kg、燃料補給には10分を要しない。推進機構を分散型とすることでモジュール性が高まり、異常時のバックアップにより安全性も向上するとしている。

水素燃焼タービン航空機

 1950年代末頃から、軍用機や民間航空機向け水素燃焼タービンの基礎研究が始められた。本格的には1970年代に米国NASAとロッキードが実施したもので、亜音速機と超音速機を対象とした水素燃焼タービン、液体水素燃料システム、極低温液体水素貯蔵タンクの研究が知られている。

 しかし、ジェットエンジンで水素を燃やすための燃焼器の開発、軽量・コンパクトな極低温液体水素貯蔵タンクの開発、大幅な機体の軽量化など課題山積のため、現時点で航空機用水素燃焼タービンは実用化されていない一方で、陸上発電用タービン注釈)では、水素燃焼化が先行して進められている。

注釈)陸上発電用タービンの水素燃料化

一方、陸上発電用タービンに関しては、水素貯蔵タンクの軽量・コンパクト化が重要ではなく、ガスタービン燃焼器の開発が行われ、天然ガス(LNG)+水素の混焼発電による実証試験が進められた。

 2014年11月、川崎重工業がドライローエミッション(DLE:Dry Low Emission)燃焼器を開発し、水素ガス混焼ガスタービン(出力:3万kW級)の商品化を発表した。現在、水素ガス100%の自家発用水素燃焼ガスタービン(出力:7000kW級)の実用化を進めている。
 2021年12月には、ドイツRWE Generationと水素専焼ガスタービンの発電実証を共同で進めることに合意した。

 三菱重工業は、石炭ガス化複合発電(IGCC)用に開発したマルチクラスタ燃焼器に改良を加え、分散混合方式を採用することで、水素専焼ガスタービンを2030年までに実用化することを公表している。   
 2020年3月、米国ユタ州のインターマウンテン電力が計画するLNG焚ガスタービン(出力:84万kW級)を受注し、2025年の稼働時点では水素ガス30%の混焼発電、2045年までに水素ガス100%の専焼発電を目指している。

 その後、現在の大型旅客機が退役し始める2030年代以降を見据え、米欧を中心に航空機の脱炭素化の研究開発が活発化し、CO2を排出しない水素燃焼タービン航空機が選択肢の一つと期待されている。

 日本は中核技術を確保して航空産業の国際競争力を高めるため、2020年2月、文部科学省とJAXAが、2022年度から液体水素を燃料に使う次世代航空機エンジンの開発に乗り出す注釈)ことを公表した。

注釈)JAXAの液体水素を燃料に使う次世代航空機エンジンの開発とは

 JAXAはロケット燃料として液体水素を扱っており、その経験を基に①低NOx燃焼技術、②極低温燃料貯蔵技術、③極低温燃料供給技術などの研究開発を2030年度まで進め、開発した技術を国内のエンジンメーカーなどに移転する。

 具体的には、水素燃焼タービンをベースに、液体水素で冷却する超電導モーター・発電機による水素電動ジェットエンジンの設計を行う。また、液体水素電動ポンプを実用化し、液体水素タンクのCFRP化を進めてタンク圧力を3気圧程度に高め、大幅な軽量化を目指す。

図25 JAXAの示す水素航空機の技術課題

 以下には、①低NOx燃焼技術、②極低温燃料貯蔵技術、③極低温燃料供給技術に関する具体的な開発課題をまとめる。

①低NOx燃焼技術
 水素燃焼の最大の特徴は、使用時にCO2を排出しないという利点である。しかし、水素は燃焼速度が速いために逆火が生じやすく、この現象を防ぐため燃焼器の燃料ノズルの改良が必須である。
 また、水素の質量エネルギー密度は従来のジェット燃料の約3 倍であるため、空気燃焼させると高温となるため窒素酸化物(NOx)の発生が問題で、燃焼器の温度を抑制管理する必要がある。
②極低温燃料貯蔵技術
 体積エネルギー密度が従来のジェット燃料の約1/4と低い液体水素燃料(-253 ℃)を貯蔵するためには、軽量・コンパクトな極低温タンクの開発は重要である。長距離輸送を目指す旅客機ではタンクが大型化し、機体形状にも大きな影響を与える。
 そのため、従来のアルミニウム合金製タンクから高強度の炭素繊維強化プラスチック(CFRP)製タンクへの変更が有望視されている。
③極低温燃料供給技術
 極低温の液体水素タンクから燃焼器に高圧水素ガス供給する際に、相変化の問題がある。すなわち、気液混合の2相流によるキャビテーション対策などが必要となり、超臨界流として供給する際の制御技術が重要なため長期間の実証試験が重要である。
 燃料供給システムに使われるバルブ類、流量制御装置、配管などの継ぎ目のシール部からの水素ガスの漏れ防止対策が重要となる。金属材料の水素脆化は、過去に重大事故を引き起こしている。

航空機・将来宇宙輸送機への水素燃料の適用技術の研究|JAXA|研究開発部門

エアバス 

 2020年4月、「E-Fan X」と呼ばれるハイブリッド航空機の事業化計画を破棄した。その後、2020年9月には、2035 年までに水素燃焼タービン航空機の事業化を目指すと発表した。
 エアバスはジェットエンジンと蓄電池のハイブリッド航空機の実現をみることなく、脱炭素社会の実現に向けて水素燃焼航空機の開発に舵を切ったのである。

 2020年9月、100~200人乗りのゼロエミッション民間航空機「ZEROe」を2035年に実用化すると発表した。3種類のZEROe機(①~③)は、水素を燃料とするガスタービン・エンジンを搭載するとともに、燃料電池を使用してガスタービンを補完するハイブリッド技術を採用している。

図26 エアバスが発表した3種類のゼロエミッション航空機「ZEROe」

①ターボプロップ機
 水素燃焼タービンを2基搭載し、8枚羽根のプロペラを回して飛行する。後部圧力隔壁の後ろに液体水素貯蔵・分配システムを配置し、最大100人乗りで、航続距離:1850km以上、短距離飛行に最適としている。
②長距離飛行向けのターボファン機
 水素燃焼タービンを2基搭載し、後部圧力隔壁の後ろに液体水素貯蔵・分配システムを配置する。座席数は最大200席で、航続距離:3700km以上としている。
③ブレンデッド・ウイング・ボディ(BEB : Blended-Wing Body)機
 胴体と翼が一体化しており、翼下にターボファン機と同じ水素燃焼タービンを2基搭載し、液体水素貯蔵・分配システムを配置する。座席数は最大200席、航続距離:3700km以上を目指している。

 「ZEROe」の旅客機用液体水素貯蔵タンクは約20,000回の離着陸に耐え、水素を極低温で長時間保つ必要がある。そのためタンクは内側容器と外側容器の間を真空とし、輻射による熱伝達を抑えるため多層断熱材(MLI:Multi Layer Insulation)で構成されている。

図27 エアバス「ZEROe」の極低温液体水素貯蔵タンク 

 2022 年2月、ZEROeデモンストレーター「A380 MSN1試験機」が完成した。尾部に4基の液体水素タンクを搭載する。また、後部胴体に沿って燃焼器、燃料システム、制御システムを水素で駆動するように改造したCFMインターナショナル製の水素燃焼タービンを搭載する。
 A380 MSN1試験機に搭載される液体水素タンク、水素燃焼タービン、液体水素分配システムなどの各コンポーネントは、地上で個別に試験が行われる。その後、全体システムの地上試験、2025年頃には飛行試験が行われる予定である。

 2022年4月、エアバスが川崎重工業と水素燃焼タービン航空機の実用化で協業を発表した。完全電動化が困難な中大型航空機では水素燃料タービン航空機は重要な選択肢であるとし、水素の調達や水素供給インフラの整備などで連携し、エアバスの水素燃焼タービン航空機の商用化を支援する。

ボーイング

 2021年1月、2030年までにすべての民間航空機が100%持続可能な航空燃料(SAF)で飛行することを目指すと発表した。すなわち、ゼロエミッションの軸足をバイオマス燃料などのSAFに置いており、現時点でエアバスの水素燃焼タービン航空機の実用化とは一線を画している。

 2022年7月、三菱重工業と協業するとし、SAFや水素燃料などに関連した脱炭素技術の開発で覚書を締結した。ボーイングは英国ロールス・ロイスやNASAなどと協業を広げており、水素燃焼などの技術に強みがある三菱重工業との協業は、次世代の水素燃焼エンジン開発などにも有効である。

英国航空宇宙技術研究所(ATI)

 2022年1月、ATI(Aerospace Technology Institute)は、中型機(翼幅:54m、279人乗り)で液体水素を燃料とする水素燃焼タービン航空機コンセプトを発表した。ATIが主導するFlyZeroプロジェクトは、2030年代初頭のゼロエミッション民間航空機の実現を目指している。

 主翼に水素を燃料とするターボファンエンジン2基、胴体後部の極低温燃料タンク(-252.6℃)と機体バランスを保つため胴体前部の2個の小型燃料タンクを搭載する。従来の航空機と同じ航空速度、航続距離:約9700kmとし、ロンドン-サンフランシスコ間(約8600km)を燃料補給なしで直行する。

GE

 米国GEのガス・パワー部門では航空機エンジン転用の陸上発電装置を製品化し、世界で70基以上が使用されている。水素+ケロシンの混焼技術は、米国エネルギー省プロジェクト「高水素燃焼ガスタービン(High H2-concentration-capable gas turbine)技術」で開発したものである。

 現在、水素燃料100%の水素専焼タービン発電機の開発を進めており、タービンの起動・停止時における水素パージ技術、水素の噴射技術、燃焼室での逆火(flashback)防止技術、NOX低減技術などが水素燃焼タービン航空機に転用できる。
 今後、液体水素の熱管理、水素脆性問題、燃料系統のシールからの漏洩防止、などの課題に取組む必要があるとしている。

 一方、2023年7月、米国GEはフランスSafranとの合弁会社CFM Internationalと協力し、従来のターボジェットエンジンに比べて燃費を20%向上させた超高効率「プロップファン(オープンローター)」エンジンを開発。エアバスと提携し、2020年代半ばに飛行する実証機を開発している。CFMは約400回の地上試験を実施。
 一般にプロペラを回転させると、機体側に逆方向の回転力(カウンタートルク)が生じて直進性が保てない。また、巡航速度とプロペラ回転速度の合成速度が音速を超えると、衝撃波による損失が増えるため、巡航速度は700km/h程度が限界とされていた。
 オープンローターエンジンは二重反転プロペラ付きの航空機用エンジンで、カウンタートルクの発生を抑制でき、後段プロペラが前段が発生する回転気流を整流して推進効率が高まる。さらに、プロペラ枚数が2倍のため各プロペラの回転数を抑制でき、衝撃波を抑えながら巡航速度を高められる。

P&W

 米国プラット&ホイットニー(P&W)は、現在、ナローボディ機で使われているギヤードターボファン(GTF)を採用したPW1100G エンジンの液体水素燃料化を検討しており、液体水素燃料(-253℃)の極低温を熱吸収源として有効活用するエンジン・システムの設計を進めている。
 液体水素燃料エンジンの完成時期は2025年、航空機に搭載されて就航を開始するのは2030年、ゼロエミッション航空機が多数就航するのは2065年頃になると予想している。

ロールスロイス

 英国ロールス・ロイスは、現在の気候変動対策は待ったなし状況にあり、長距離飛行におけるSAF使用は、この要求にすぐに応えられる唯一の選択肢としている。

 2023年11月、英国ダービーの試験設備で、世界最大となる直径:140インチ(約3.5m)のファンを備えた航空エンジン「UltraFan(ウルトラファン)」実証機の最大出力運転に成功したと発表。推力は25,000〜110,000lbとスケーラブルで、トレントXWBに比べて10%の効率改善を実現している。
 また、生産中のすべての民間航空エンジンへのSAFの適合性試験を完了したことを明らかにしている。

 一方、現有のTrent(トレント)XWBエンジンで水素+ケロシンの混焼試験に成功している。水素100%を実現するためには既存のガスタービン設計を変える必要があり、燃焼器における火炎温度の管理と燃焼の安定化が最大の課題であり、加えて、液体水素の供給と管理システムが重要としている。 

 また、次世代航空機については、超小型機の動力は蓄電池中小型機の動力は蓄電池、ハイブリッド、全電動、水素大型機の動力には大幅に効率向上したガスタービンが使われる可能性が高いとして、複数のソリューションを組み合わせたハイブリッド化が進むとしている。

国内の開発動向

 2021年11月、川崎重工業は水素燃焼タービン航空機の開発を始めると発表した。航続距離:2000~3000km、座席数150席程度の機体を目標に、①エンジン燃焼器・システム技術開発、②液化水素燃料貯蔵タンク開発、③機体構造検討を進め、2030年に地上での実証実験を計画している。

 2022年6月、国土交通省と経済産業省は、官民による新たな協議会の設置を発表した。川崎重工業、IHI、ジャムコなどに有識者を加えて、水素航空機や電動航空機の実用化を見据え、国際的な安全基準に日本側の意向を反映させる戦略を練ることが狙いである。
 今後、大型機ではSAF燃料の採用が進む一方で、小中型機では水素航空機や電動航空機普及が見込まれることを念頭においた動きである。

 2022年8月、ANAホールディングスはエアバスと技術協力の覚書を結び、エアバスが進める水素航空機開発やインフラ整備に関する研究に協力すると発表した。
 ANAは2050年度に航空機運航で出るCO2排出量を実質ゼロにする計画を進めている。計画には水素や電動航空機などの導入は含まれていないが、脱炭素の選択肢を増やす狙いがある。同日、ANAはボーイングともSAFや水素燃料に関連した脱炭素技術の開発で覚書を結んだ。

 2022年8月、総合商社の双日はボーイングと2050年カーボンニュートラルを目指す国際航空分野での取り組みで連携すると発表した。
 両社は日本国内を中心に、SAFの活用拡大、電気、ハイブリッド、水素、その他の新しい推進システムなどの先進的な持続可能性技術の研究を行い、環境負荷の低いエネルギー源の利用拡大に向けて両社の連携を推進する。

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