脱炭素社会の実現に向け、自動車、航空機、船舶など多様なモビリティー分野において大きな変革が起きようとしている。よく似た変革として、2010年代にLED照明器具への切り換えが行われている。様々な事象の過去を振り返ることで、モビリティー分野における未来予測の一助とする。
2010年代の照明器具の切り換え
2010年代に、照明器具全体に占めるLED照明の占める割合が一気に拡大した。
2011年3月に東日本大震災が起きたが、この2011年における照明器具の中心は蛍光灯器具が65%を占めており、白熱灯器具は12%、LED照明器具は7%であった。それが2017年には、LED照明器具が91%に急増し、蛍光灯器具は4%、白熱灯器具は1%未満へと急減したのである。
このようなLED照明の普及を後押しした背景には、1990年代から提唱されてきた「地球温暖化問題」に加えて、「東日本大震災後の電力ひっ迫」に対応するための省エネ政策の推進があった。
当初は政府主導により官公施設や商業施設を中心に、既存の照明からLED照明への切り換えが進められ、社会におけるLED照明の認知度が上がることで、量産化によりLED照明の低コストが進み、一般家庭用照明の切り換えが拡大したのである。
LED照明があたりまえになった今では、この2010年代に起きた照明器具の急速な切り換えに大きな驚きは感じない。しかし、必ずしも簡単に既存の照明からLED照明への切り換えが進んだ訳ではない。
高価なLED電球に驚き!
図2には、白熱電球、電球型蛍光ランプ、LED電球の諸特性を比較して示す。
エネルギー効率とは、電気エネルギーを可視光線(人間の目で見ることのできる波長の電磁波)にどれだけ効率良く変換できるかという指標である。一般的な白熱電球の場合は10%程度、蛍光ランプの場合は20%程度、LED電球は30~50%である。
●白熱電球(白熱灯)は、電球内部のタングステン・フィラメントを通電加熱し、その熱放射により発生する可視光線を利用する。そのため投入電力のわずか10%程度が可視光線に変換され、残り90%は不可視光線(赤外線、紫外線)や熱として捨てられる。
●蛍光ランプ(蛍光灯)は、低圧にしたガラス管内の水銀蒸気中で放電を行い、発生した紫外光を管壁に塗った蛍光体で可視光に変換する。そのため20%程度が可視光線に変換され、白熱電球と同じ明るさでも消費電力を低く抑えられる。
●発光ダイオード(LED:Light-Emitting Diode)は、電気エネルギーを直接光に変換する素子のため30~50%という驚異的なエネルギー変換効率を実現できる。そのため省エネ効果が極めて高く、政府はLED電球の普及を積極的に推奨した。
しかし、2012年12月の経済産業省公表資料によると、白熱電球の単価が100~200円であるのに対し、電球型蛍光ランプが700~1200円、LED電球は1000~3000円であった。当初、白熱電球に比べてLED電球の価格が桁違いに高く、誰もがLED電球は高価であるという認識をもった。
LED電球の経済性評価
そこで経済産業省は、白熱電球、電球型蛍光ランプ、LED電球について寿命を考慮したコスト試算を行い、LED電球が経済的にも優れていることをPRした。
すなわち、寿命が1000時間程度の白熱電球は、寿命が40000時間と長いLED電球に比べて交換頻度が高いため、約5か月間(820時間)の使用で白熱電球の合計コストがLED電球よりも高くなる。
また、電球型蛍光ランプとLED電球の比較でも、約3年(6000時間)の使用で電球型蛍光ランプの合計コストがLED電球よりも高くなる。
LED電球は、一般家庭用であれば約20年間使用できて交換不要であり、白熱電球、電球型蛍光ランプに比べて経済性に優れる利点を積極的にPRしたのである。
2010年代、経済産業省はLED照明の普及に向けて、照明器具メーカーに向けて巧みに要請・規制を加えていった。すなわち、2008年の一般白熱電球の製造・販売の自粛要請、2010年の「照明器具の2020年目標」の設定、2015年の「水銀による環境の汚染の防止に関する法律」施行である。
最後の詰めは、2019年の照明器具及び電球・ランプについて、新しい省エネ基準(トップランナー基準)等を定める省令及び告示の公布である。
LED照明の普及に向けた規制
一般白熱電球の製造・販売の自粛要請
2008年5月、経済産業省は非効率性や省エネ推進などを理由に、一般白熱電球の製造・販売の自粛を照明器具メーカーへ要請した。その結果、
●東芝ライテックは、いち早く反応して代替の効かない白熱電球を除き、一般白熱電球の製造を2010年3月に終了した。
●三菱オスラムは、政府要請に基づき2012年末に終了する計画だった一般白熱電球の製造を1年前倒して、2011年3月末に終了した。
●パナソニックも、業界の動向をみて、一般白熱電球の製造を半年前倒して、2012年10月末に終了した。
照明器具の2020年目標の設定
2010年6月に閣議決定された経済産業省「新成長戦略」「エネルギー基本計画」では、グリーン・イノベーションによる環境・エネルギー大国戦略の柱の一つに、高効率次世代照明(LED照明・有機EL照明)を2020年までにフローで100%、2030年までにストックで100%普及させる目標を設定した。
これを受けて、2014年9月、日本照明工業会「照明成長戦略2020」では、LED、有機EL、レーザーなど半導体照明(SSL:Solid State Lighting)の占有率を、2020年にフロー100%・ストック50%、2030年にストック100%の目標を設定した。
以上のように、2030年までにすべての照明器具をLEDや有機ELにするという国の目標が設定された。
蛍光灯の製造に関する規制
2013年には「水銀に関する水俣条約」が国連で採択され、2015年に「水銀による環境の汚染の防止に関する法律」が施行された。
そのため、水銀灯は2020年12月末で原則として製造・輸出入が禁止された。また、2021年1月以降、蛍光灯器具と蛍光灯など水銀使用製品のうち基準を超えるものは規制対象となり、製造することができなくなった。
照明器具の省エネ基準規制
2019年4月、経済産業省は照明器具及び電球・ランプについて、新しい省エネ基準(トップランナー基準)等を定める省令及び告示を公布した。これがLED普及への最後の詰めとなった。
照明器具の省エネ基準は、蛍光灯器具、LED電球器具を一緒にして2020年を目標年度とする新基準(消費電力量あたりの照明器具の明るさ)が定められた。
電球の省エネ基準は、白熱灯、蛍光灯、LED電球を一緒にして2027年を目標年度とする新基準(消費電力量あたりのランプの光源の明るさ)が定められた。
エネルギー効率の順位は、白熱灯<蛍光灯<LED電球であることは明らかである。これらを照明器具として、さらに電球として横並びで省エネ型の製品を製造するトップランナー基準値を設定すれば、メーカーとしてはLED照明器具を選択せざるを得ない。その結果、
●東芝ライテックは、他社に先行して2017年3月をもって蛍光灯器具の製造を中止した。
●三菱オスラムは、2019年3月末までに全ての蛍光灯器具の生産を終了した。
●パナソニックも、2019年3月末をもって蛍光灯器具の生産を終了した。
LED照明普及策の主要ポイント
2010年代に進められた国内のLED普及策は、10年に満たない期間で成功裏に推進された。その主要ななポイントは以下の3点に集約される。モビリティー分野の変革に関しても、メーカー任せにせず、政府がより主体的に介入しリードする必要性を感じる。
●LED照明の普及に向けたインセンティブとして「地球温暖化問題」と「東日本大震災後の電力ひっ迫」があり、早い段階から政府としての最終目標「2020年における高効率次世代照明(LED照明・有機EL照明)」を設定した。
●高価格のLED照明への切り換えに関して、電球の交換寿命をベースに白熱灯照明や蛍光灯照明と比較することで、経済的な優位性を一般向けにも分かりやすく示すことができた。
●最終目標であるLED照明への移行に向けて、適切な時期に照明器具メーカーに対して政府から要請ならびに法規制をステップバイステップで施行することができた。