船舶用エンジンと燃料切り替え

 船舶用エンジンは蒸気タービンエンジンに始まり、現在では経済性に優れたディーゼルエンジンが主流となっており、小型のプレジャーボートなどでは自動車と同じガソリンエンジンが使用されている。
 その他、ガスタービンエンジンはジェットフォイルや軍用艦船などの特殊用途に使用されている。最近では静粛性に優れた電動気推進が大型客船などに使用されており、用途に応じてエンジンと蓄電池を組み合わせたハイブリッド推進船が実用化されている。

 地球規模での環境規制が厳しさを増す中で、高価な低硫黄重油を採用することに比べて液化天然ガス(LNG)は価格競争力があると考えられており、LNG燃料船の建造が進められている。しかし、建造時の価格が重油を燃料とするディーゼル船に比べて15~30%高く、燃料費も高くなる。
 一方、バイオ燃料の供給には既存の給油インフラが使用でき、燃料の種類によっては既存のディーゼルエンジンの仕様を変更せずに、船舶用燃料として使用が可能(ドロップイン燃料)である。しかし、バイオ燃料の導入拡大には低コストと共に供給可能量が課題である。

ディーゼルエンジンと電動化

 図1に、現在主流となっている船舶の推進システムを示す。
 ディーゼルエンジンはピストンで空気を圧縮して高温・高圧とし、そこに燃料である重油を噴射して燃焼(爆発)させることでピストンを上下運動させる。この上下運動をプロペラ軸の回転運動に変換し、プロペラを回転させるのが直接機械駆動推進システムである。

図1 現在主流となっている船舶の推進システム

 このディーゼルエンジンでは、吸気から排気までの一工程でピストンが2回上下する2サイクル型4回上下する4サイクル型があり、低速回転の2サイクル型は大型船、高速回転の4サイクル型は中・小型船に使用されている。

 船舶用ディーゼルエンジンは低コストの重油を燃料として使いエネルギー効率が約50%と高い。また、排熱もエコノマイザーなどで有効活用されている。しかし、重油燃料には排ガス中に大気汚染の原因となる有害物質(NOx、SOxなど)や多量のCO2が含まれるため問題視されている。

 一方で、船舶の電動化による燃費削減が積極的に進められてがおり、現在では外航船の80%がディーゼル電気推進システムを採用している。これはディーゼル発電機で発電して得られた電力で、電動機(モーター)を駆動してプロペラを回転させる方式である。

 また、ディーゼル発電機からの余剰電力を蓄電池に充電して利用するハイブリッド推進システムも、電力需要の高い大型客船などで採用されている。エンジンや発電機とプロペラの配置の自由度が高く、電気系統による機器の制御性に優れ、エンジンを小型化できるため静粛化が期待できる。

 しかし、高効率化できても、ディーゼル発電機を搭載するかぎり、燃料に重油を使うことで排ガス中に大気汚染の原因となる有害物質(窒素酸化物NOx硫黄酸化物SOxなど)や多量のCO2が含まれることに変わりはない。

 船舶の電動化は大きなメリットを生み出している。代表的なものが、スイスのABBが1990年に商品化したアジポッド(Azipod®)技術である。ギアレスの360°操舵可能な推進システムで、電動機が船外の海中ポッド内に格納されてプロペラを回転させる。

 アジポッド技術を採用することで、舵なしで船舶は正確にあらゆる方向に推進でき、時間と燃料を節約できる。旅客船、貨物船、砕氷タンカーを含むすべてのタイプの船舶で使用でき、従来のシャフトラインシステムと比較して燃料消費量を最大20%削減できると報告されている。

図2 スイスのABBが1990年に商品化したアジポッド(Azipod®)技術

船舶用燃料と排ガス規制

 船舶用燃料のことを「バンカー(Bunker)」と呼ぶが、燃料用の石炭貯蔵庫をバンカーと呼んだことに由来する。現在、多くの大型船には舶用重油が使用されている。重油はA重油(90%軽油+10%重油)、B重油(50%軽油+50%重油)、C重油(90%重油+10%経由)に分類される。

 メンテナンスなどで長期間停泊する場合を除き、船舶の燃料には経済性の観点から低価格のC重油が使われている。C重油を燃焼させると有害物質(SOx、NOxなど)や多量のCO2が排出される。

 そのため、海洋汚染の防止を目的に、船舶からの規制物質(油・化学物質・梱包された有害物質・汚水・廃棄物など)の投棄や排出の禁止とその通報義務、手続きが段階的に強化されてきた。
 この規制については、国際連合の国際海事機関(IMO:International Maritime Organization)が審議し、採択する海洋汚染防止条約もしくはMARPOLマルポール)条約により定められている。

 マルポール条約は「MARPOL73/78」と表記され、正式名称は「International Convention for the Prevention of Pollution from Ships, 1973, as modified by the Protocol of 1978 relating thereto(1973年の船舶による汚染の防止のための国際条約に関する1978年の議定書)である。

 そのためSOx対策は、脱硫装置(スクラバー)を使って排ガスから除去する方法や、硫黄分の少ない軽油相当のマリンガスオイル(MGO : Marine Gas Oil)への切り替えが行われている。また、NOx対策は、エンジンの燃焼温度を抑制したり、窒素分の少ない燃料への切り替えなどが進められている。

 また、温室効果ガス(GHG:Green House Gas)についても規制が定められ、IMOの取り決めでは「2030年までに単位輸送量当たりのCO2排出量を2008年比40%削減、2050年までにGHG排出総量を2008年比50%削減、また今世紀中の早い時期にGHG排出ゼロにする。」ことが求められている。

 2030年のCO2排出規制は、舶用重油を使用する従来型エンジンでも、低出力運転(減速航海)や船体の造波抵抗・摩擦抵抗の低減などで達成可能と考えられている。しかし、2050年規制や船舶のゼロ・エミッション化には、低環境負荷の新燃料使用とそれに対応したエンジン開発が必須である。 

進むLNG燃料への切り替え

 IMOの目標達成に向け、燃料を重油から液化天然ガス(LNG)に切り替える対策が進められている。LNGは液化の前工程で硫黄分を除去するためSOxや粒子状物質(PM:Particulate Matter)をほとんど排出せず、NOxの排出量も少なく、CO2排出量は重油に比べて約25%削減できる

 LNG燃料船は燃料タンク・供給系の搭載が必要で、建造価格が重油を燃料とするディーゼル船に比べて15~30%高く、燃料費も高くなる。しかし、環境規制の厳しさが増す中で、高価な低硫黄重油の採用に比べてLNGは価格競争力があると考えられている。
 その結果、世界的に2010年に竣工済18隻だったLNG燃料船が、2020年には就航中が175隻、発注済みが200隻を超えるまでに急増している。LNG燃料船の大部分は欧州で運航されており、大型化が進むと共に航海海域も拡大している

 また、LNG供給インフラの整備も欧州が先行し、オランダのロッテルダム港、アムステルダム港、ベルギーのゼーブルージュ港、スペインのバルセロナ港などでLNG供給が可能である。
 通常のLNG供給はターミナル側に供給設備を整えたTruck to Ship方式が採用されているが、大型船への燃料供給はShip to Ship方式で行われる場合が多く、LNG燃料供給船の整備も進められている。

 2020年2月現在、LNG燃料供給船は12隻が稼働中、27隻が発注済みで、多くが欧州域内で稼している。バルト海周辺のスウェーデンやフィンランドなども積極的に燃料供給船の整備を進めており、世界最大の燃料基地であるシンガポール港では、2020年からLNG燃料供給船が航行している。

ロシアのウクライナ侵攻の影響

 これまで欧州各国は、LNGの約4割をロシアからパイプライン経由の輸入に頼ってきた。しかし、ロシアのウクライナ侵攻を契機に、中東や東南アジアからの海上輸入へと切り替える必要に迫られており、LNGの需要側、供給側双方でLNG運搬船の需要拡大が起きている。

 しかし、中国・韓国勢に比べてコスト競争力で劣る日本の造船各社は、LNG運搬船を受注できていないのが現状である。英調査会社のクラークソン・リサーチによると、2021年のLNG船の受注実績(78隻)のうち、韓国大手3社が68隻を占めており、LNG船の建造で世界をリードしている。

 2022年1月、中国・韓国の造船大手がLNG運搬船に積極投資と報じられた。

・世界首位の中国船舶集団(CSSC)は大連船舶重工を通じ、大連市の港湾地帯に200億元を投じて造船所を建設し、2024年末の竣工を目指している。一方で、港湾開発を手掛ける国有の招商局集団がCSSCに計4隻の大型LNG運搬船を発注した。

・CSSC傘下の滬東中華造船は上海市に180億元を投資して造船所を建設し、2023年末の完成を目指している。同社は2022年4月に日本郵船とLNG運搬船6隻の建造契約を締結するなど、2022年だけでLNG運搬船を30隻超受注している。

・中国の招商局重工や揚子江船業も、2022年10月までに大型LNG運搬船の建造に必要な技術ライセンスを取得し、事業参入することを表明している。

・現代重工業は2022年12月期の設備投資を約4400億ウォン(約440億円)と前期より2割以上増やした。サムスン重工業も前期比で2.2倍、大宇造船海洋も3割近く増やす計画で、ドックの拡張や修繕などを進める。

国内でのLNG燃料への切り替え

 重油からLNGへの燃料切り替えは国内でも進められており、「商船三井は2030年までに90隻LNG燃料船を整備する方針」を表明した。「日本郵船も2022年3月時点で建設予定も含めると35隻のLNG燃料船への投資」を決めた。今後、自動車運搬船の新規発注は全てLNG燃料船とする計画である。 

 2015年8月、商船三井と日本郵船が日本初となる重油とLNGを燃料とするDual Fuelエンジンを搭載したタグボートを就航させ、大型のLNG燃料船やLNG燃料供給船の建造計画が発表された。

 2018年5月、川崎汽船、中部電力、豊田通商、日本郵船の4社が出資する合弁会社2社(セントラルLNGマリンフューエル、セントラルLNGシッピング)が設立され、Ship to Ship方式でのLNG燃料供給事業の開始を発表し、川崎重工業がLNG燃料供給船を受注した。

 2019年11月には、商船三井とフェリーさんふらわあが国内初となるLNG燃料フェリー2隻を建造すると発表し、三菱造船が受注した。LNGタンクを搭載してDual Fuelエンジン始動時に重油を使うが、航海では原則としてLNG燃料を使うことで、CO2排出量を25%削減する。

 2019年12月、商船三井と日本郵船は九州電力向けにLNG燃料の大型石炭専用船2隻の建造を発表した。九州電力が火力発電向けに調達しているLNGを陸上出荷設備を通じて供給する計画で、2023年6月に就航する予定である。​

 2022年10月、三井E&S造船を子会社化した常石造船は、2025年にもメタノールなどの環境負荷が小さい新燃料の脱炭素船を竣工すると発表した。メタノールはCO2を原料に合成可能で、カーボンニュートラル燃料の一つとして注目されている。

 2023年1月、商船三井グループのフェリーさんふらわあは、LNG燃料フェリー「さんふらわあ くれない」が大阪―別府航路に就航したと発表した。同年4月には同型の「さんふらわあ むらさき」も大阪―別府航路に就航する。

図3 大阪南港に入港する日本初のLNG燃料フェリー「さんふらわあ くれない」

 しかし、ロシアによるウクライナ侵攻の影響で、LNGを含めて燃料は世界的な争奪戦により価格が高止まりしている。サプライチェーン再構築も含めて、多量のLNG調達が今後の大きな課題である。

 2023年1月、ジャパンマリンユナイテッド(JMU)はLNG燃料船の建造を始めると発表した。世界的にLNG燃料船は移行期の船舶として、2030年までに2000〜4000隻が運航すると見込まれている。

 2023年1月、川崎重工は液化石油ガス(LPG)を燃料とする運搬船「86700m3型LPG燃料仕様LPG/アンモニア運搬船」を日本郵船から受注し、2026年に完成予定である。LPGと低硫黄燃料油を使用してSOxとCO2排出規制に対応する。
 大型のLPG運搬船やLNG運搬船などの一部で、2022年度以降の契約船に対し基準値から30%のCO2削減が要求されている。

バイオ燃料による試験航行

 一方で、バイオ燃料の供給には既存の給油インフラが使用でき、燃料の種類によっては既存のディーゼルエンジンの仕様を変更せずに、船舶用燃料として使用が可能(ドロップイン燃料)である。しかし、バイオ燃料の導入拡大には低コストと共に供給可能量が課題である。

 2019年1月、日本郵船のばら積み船「FRONTIER SKY」が鉱業会社BHP Billiton Limitedとバイオ燃料の製造会社GoodFuelsと協力し、オランダ・ロッテルダム港で補油し欧州域内で試験航行した。
 補油では燃料のトレーサビリティーの強化や、燃料供給におけるサプライチェーン全体の品質管理向上を目的にブロックチェーン技術が試験的に用いられている。

 2020年9月、八重山観光フェリーの船舶で、バイオディーゼル燃料を給油して試験航行を実施した。燃料は微細藻類ユーグレナと使用済み食用油を原料とし、試験航行では軽油と混合して使用した。

 2021年6月、商船三井の子会社EURO MARINE LOGISTICSは、自動車運搬船「CITY OF OSLO」にオランダ・フラッシング港で約370トンのオランダGoodfuels製バイオ燃料を補油し試験航行した。このバイオ燃料は、既存のディーゼルエンジン仕様を変えずに使用できる。

 2021年8月、日本海事協会が「船舶におけるバイオ燃料の使用に関する取り扱い」を公表した。
 各種のバイオ燃料(粗バイオ燃料(SVO:Straight Vegetable Oil)、脂肪酸メチルエステル(FAME:Fatty Acid Methyl Ester)、水素化植物油(HVO:Hydrotreated Vegetable Oil)など)を船舶燃料として使用するための手続きや注意事項などをまとめている。

 2022年2月、商船三井テクノトレードが保有・運航する燃料供給船「テクノスター」は、油藤商事より供給されたバイオディーゼル燃料を用いて試験運航した。日本海事協会により、MARPOL条約等でのNOx排出規制を満たすことが認証された。
 供給された燃料は、回収した廃食油をメタノールによってエステル交換して生成される脂肪酸メチルエステルで、A重油との混合比率を3割以上に高めて使用した。

 2022年3月、日本郵船は大型ばら積み船「FRIENDSHIP」で、バイオ燃料を使用して4回目の試験航行を実施した。トタル・エナジーズ マリンフュエルズの協力で、2022年1月にシンガポール港湾水域でバイオ燃料を補油し、積地の南アフリカ・サルダナベイからシンガポール港に戻るまで運航した。

図4 大型ばら積み船「FRIENDSHIP」のバンカリングの様子

 2022年9月、東京都、ユーグレナ、屋形船東京都協同組合が、船宿三浦屋の運航する定員50~100人の3隻を使い、軽油をユーグレナの「サステオ」に切り替えて試験航行を行った。運航ルートは浅草橋近くの船着き場から隅田川を通り、お台場周辺までの周遊コース(2時間半)である。

バイオ燃料の供給

 2021年3月、シンガポール本拠の日本郵船の子会社NYK Bulkship (Asia) が、フィンランド本拠のNeste の子会社Neste Shipping Oyとバイオ燃料の数量輸送契約(COA)を締結した。
 シンガポールで製造されたバイオ燃料(NRD:Neste Renewable Diesel)が、NYK Bulkshipの運航するMR型プロダクト/ケミカルタンカーにより北米に輸送される。

 2020年10月、豊田通商グループは日本で初めてShip to Ship方式による船舶向けLNG燃料の供給事業を開始した。併せて、2021年4月からはシンガポールで燃料供給船(バンカーバージ)の試験運行をバイオ燃料で行っている。
 2021年6月、豊田通商ペトロリアムが日本郵船にバイオディーゼル燃料を販売し、シンガポール港で運航するばら積み船「Frontier Jacaranda」にShip to Ship方式で供給トライアルを実施した。燃料はシンガポール産廃食油由来で、地産地消に近い形のサプライチェーン構築を目指している。 

 2022年4月、豊通エネルギーは三洋海事が運航するタグボート向けに、名古屋港でShip to Ship方式による舶用バイオディーゼル燃料の供給トライアルを実施した。供給したバイオ燃料は豊田通商がダイセキ環境ソリューションと連携し、回収した廃食油を原料に製造した。

 2022年8~9月、トヨフジ海運は自動車運搬船「とよふじ丸」で、燃料供給を豊通エネルギーからShip to Ship 方式で受け、低硫黄C重油とバイオディーゼル燃料を混合し 28 日間の試験運航を行った。

 また、同年9月、川崎近海汽船、ユーグレナ、鈴与商事は、静岡県清水港でRORO船「豊王丸」にユーグレナのサステオを供給して実証運航を開始した。「豊王丸」の寄港地である大分港および清水港での岸壁停泊中にサステオのみを使用して、通常業務に支障がないことを検証する。
 給油を担当した鈴与商事は、2021年7月から宅配水配送車両でサステオを使用しており、2022年3月には鈴与グループのフジドリームエアラインズの航空機へサステオの給油を行っている。

図5 静岡県清水港でRORO船「豊王丸」にユーグレナのサステオを給油

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