米国のエネルギー政策大転換(Ⅲ)

はじめに

 2016年にパリ協定が発効され、世界全体で地球温暖化の主な要因とされるCO2排出量を削減し、温暖化を防止する枠組みが発足し、多くの国々の科学者と民衆がこれを支持した。
 その後も一部の科学者がこれに異論を唱えているのも事実である。トランプ政権は異論を唱える科学者の作成した報告書を大義名分として政策を展開している。 

気候変動対策に関する大義名分

報告書作成の目的

 何事にも大義名分は重要である。トランプ政権の気候変動対策に関する大義名分は、米国エネルギー省長官クリストファー・ライトが招集した気候変動作業部会(John Christy, Judith Curry, Steven Koonin, Ross McKitrick, Roy Spencerの5人)により作成された全141ページの報告書に記述されている。
 そのタイトルは「A Critical Review of Impacts of Greenhouse Gas Emissions on the U.S. Climate(温室効果ガス排出が米国気候に与える影響に関する批判的レビュー)」であり、2025年7月23日に発表され、今後、パブリックコメントを受け付け、改訂するとしている。

 ライト長官は序文で、報告書作成の目的を次のように述べている。「私が発見したのは、メディアの報道が科学を歪曲していることが多いということです。多くの人々は、気候変動に関して、過大評価をしたり、不完全な見方をしています。明確さとバランスを提供するため、私は多様な専門家からなる独立したチームに、気候科学の現在の状態を批判的にレビューするよう依頼しました。特に、それが米国にどのように影響するかに焦点を当てています。」

 従来から、気候変動問題に関しては「2050年までにCO2排出量をゼロにしなければ地球温暖化が暴走する」としたカーボンニュートラル肯定派が世界的に主流となっている。しかし、この報告書では科学的根拠がないことをデータに基づいて述べており、気候危機論者への米国政府による公式の挑戦状だとの見解も別に示されている。

 この報告書は、国連気候変動枠組条約の締約国会議(COP)で気候変動問題の解決に向けて具体的な政策や対策を議論し、合意形成された内容を全否定するものである。
 すなわち、トランプ政権のエネルギー政策(「パリ協定」からの離脱)を正当化するために、急遽作成された報告書である。何事にも拠り所となる大義名分は必要である。

報告書の内容について

 これまでは「2050年までにCO2排出をゼロとしなければ地球温暖化が進行し、様々な異常気象や界面上昇が進行する」という地球規模での気候変動問題が、世界的に共通認識とされてきた。
 しかし、この報告書ではCO2問題に関する不確実性を示し、証拠に基づいたアプローチで気候変動対策に対する知見を提供し、従来の異常気象問題の原因研究の限界を明らかにするとし、一般に流布されてきた気候危機は科学的根拠がないと結論付けている。 

章、汚染物質としてのCO2

 CO2は、生物に害を与える一般の大気汚染物質とは多くの点で異なる。生物にとって、今後見込まれている程度のCO2濃度では生育に何ら支障はなく、植物(食料)の生育では促進効果がある。ただし、CO2は温室効果ガスとして大気中にとどまるため、地球規模の気候への影響が懸念されている。

第2章、CO2が環境に及ぼす直接的影響

 大気中に含まれるCO2の増加は「光合成」と「水分利用効率」を高めるため、植物の生長を促進し、実際に地球規模の緑化と農業生産性の向上に寄与する効果がある。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)報告書では、このCO2の施肥効果の恩恵の取り扱いが不十分である。
 また、大気中に含まれるCO2の増加は「海洋のアルカリ性を低下(pHを低下)」させ、サンゴ礁に有害な影響を及ぼす可能性が指摘されている。しかし、豪州グレートバリアリーフでは最近は回復傾向にある。海洋の「酸性化」は実際には「中性化」で、海洋生物に与える影響は一方的で過大評価されている。

第3章、気候への人間の影響

 IPCC報告書では、産業革命以前からの太陽活動の変化による放射熱の影響を無視できる程度としているが、比較的大きな上昇傾向を示すとの報告もある。同様に植生と海洋によるCO2吸収量はCO2濃度によって異なり都市化による高温化の影響も無視している。
 結果として、IPCCによるCO2排出量予測は実際に比べて過大評価しており、現状では科学的に不明な点も多く、正しい評価ができていないと否定している。

第4章.CO2排出量に対する気候応答

 世界の数十の気候モデルで、CO2濃度が倍増した場合の気温上昇である平衡気候感度(ECS)を解析した結果、1.8~5.7℃の範囲にばらついた。そのためIPCCは、歴史的データや古気候再構築を含むデータ駆動型アプローチを採用し、ECSとして3.1℃を得た。しかし、データは不十分で信頼性は低い。
 近代になってからの歴史的な気温観測データに基づけば、ECSは2.2℃と低い値が得られる。すなわち、IPCCによる温暖化傾向は過大評価である。ただし、この解析でも太陽活動の変化や都市化が気温に及ぼす影響を無視しており、正しい結果とは言い難い。

第5章、気候モデルと観測データとの不一致

 地球温暖化シミュレーションの気候モデルは、モデル間の解析結果に不一致が大きく、平衡気候感度(ECS)についても差異が認められている。
 特に、多くの気候モデルは温暖化を過大評価する傾向にあることが、過去の観測データ(地表温度、対流圏の温度、垂直温度プロファイル、成層圏冷却、積雪分布など)と突き合わせで明らかである。そのため将来予測のシミュレーション結果の信頼性も疑問である。

第6章、極端な気象現象

 気候は長期的に大きく自然変動するものであるが、米国で発生する多くの極端な気象現象について、統計的に有意な長期的傾向は認められない
 米国では1950年代以降、暑い日数が増加していることがIPCCで強調されているが、1920~1930年代と比べると低い水準にある。極端な暴風雨、ハリケーン、竜巻、洪水、干ばつは、著しい自然変動を示しているが、長期的な増加傾向は認められない。
 一部の地域で、短期間の極端な降水量の増加が検出されているが、長期にわたり継続されたものではなく、広域的には確認されていない。山火事も1980年代よりも頻繁ではなく、焼失面積は1960~2000年代初頭にかけて増加したが、森林管理のあり方に強く影響を受けている。

第7章、海面水位の上昇

  1900年以降、直線的に地球平均海面は上昇して約20cmに達するが、CO2排出量の増加による加速は起きていない。米国沿岸で最大の海面上昇がテキサス州ガルベストン、ルイジアナ州ニューオーリンズ、チェサピーク湾地域で観測されたが、垂直地殻変動、地下水抽出、化石燃料の採掘などの地盤沈下の影響である。
 絶対海面上昇は、相対海面上昇と垂直地盤変動の合計で評価する必要があり、GPSシステムによる計測が有効である。絶対海面上昇で見ればニューヨーク、サンフランシスコ、フロリダ州セントピーターズバーグなどの地点でも0.5~2.5mm/年程度で、加速傾向は確認されず温暖化の影響は小さい。

第8章、気候変動を原因とすることの不確実性

 IPCCは19世紀後半から起きた気温上昇約1℃は、ほぼすべてがCO2など(正確には温室効果ガスとエアロゾル)に起因する温室効果の影響としているが、これは仮説に過ぎない。気候変動や異常気象の原因をCO2のみの原因とするには問題がある。
 地球温暖化への太陽活動の寄与エルニーニョのような海洋現象大気中の雲量の自然変動なども大きな影響を及ぼす可能性が幾つかの論文で紹介されている。ケーススタディとして、CO2排出が原因とされた2021年西部での熱波の研究発表が、後に誤りであったという事例が紹介されている。

第9章、気候変動と米国農業

 米国主要穀物の収量は1940年代以降、50~80%上昇と推計されており、CO2濃度の上昇が施肥効果により植物、特に農作物の生産性を向上させる。CO2による温暖化は米国農業全体にとって利益となる。実際にCO2濃度の高い環境下で作物の生育が早まり、収量が増大した事実を幾つか紹介している。
 総合的に判断すると、気候変動は米国農業の大部分にとって中立的または有益であり、今後もその傾向が続くとしている、この大きな利点が軽視されている。

第10章、異常気象リスクの管理

 極端な気候変動による損失は、気象予測の改善や早期警戒システムなどの技術革新により大幅に低減している。米国の経済成長により、災害コストも相対的に低下していることは、過去と現在の災害によるGDP損失割合の比較から明らかである。
 極端な気温による死亡率は、豊富なエネルギー供給に基づくエアコンの普及などの適応措置により大幅に低下する。実際に、2015年の世界における寒さによる死亡率は暑さによる死亡率の10倍以上と高く、温暖化は死亡リスクを下げる方向に作用する。安価なエネルギー供給こそが、貧しい人々の健康リスク回避のために重要である。

第11章、気候変動、経済、および炭素の社会的費用

 主流の気候経済学は、CO2排出による温暖化が一部の経済的悪影響を及ぼす可能性を認めているが、過激なCO2削減政策を正当化するほど大きくないとしている。さらに、パリ協定を大幅に上回る水準で温暖化を停止または抑制する試みは、何もしないよりも悪影響が大きいと指摘している。 
 悪影響の秤となるCO2の社会コスト(SCC)は、将来の経済成長、社会経済的経路、割引率、気候変動の損害、システム応答から推計されるが不確実なことが多い。今回、CO2の施肥効果などの利点も入れての評価が行われていないため、大統領令で現行のSCCの使用を廃止している。

第12章、米国のCO2排出政策の地球規模気候への影響 

 地球規模の平均CO2濃度は、従来の局所的な大気汚染物質とは全く異なる挙動を示す。排出されたCO2は地球規模で混合するが、その速度は遅いため局地的なCO2排出量の変動が地球規模に及ぼす影響が目に見えて低下するには数十年から数百年を要する。
 そのため、米国でCO2排出量を削減しても、地球規模のCO2濃度の上昇をわずかに遅らせるだけで阻止することはできない。気候変動を阻止できるという前提で、米国の単独削減を「気候変動対策」や「気候変動への対応」と呼ぶ慣行は、問題の規模に対する根本的な誤解を反映している。

 以上、本報告書では、地球規模での気候変動問題を明らかにするためには、「CO2の潜在的なリスク」と「CO2の有する利得」の両方を含めたアプローチが必要で、IPCCの欠陥のあるモデルや極端なシナリオに依存するのではなく、データに基づく効果的な対策が不可欠であるとしている。 

 気候変動問題の真実を追究することは重要なことで、今後も高精度化を追及して継続する必要がある。しかし、「米国第一主義」を念頭に置いて自国経済を守ることを最優先とした政策に適合するよう、政治的意図をもって真実をねじ曲げることは許されない。 

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