ネットゼロ・バンキング・アライアンスからの離脱(Ⅱ)

はじめに

 2021年11月に英国グラスゴーで開催された「COP26」に合わせて、金融機関が気候変動対策に取り組むための枠組みとして、同年4月にグラスゴー金融同盟「GFANZ」が発足した。
 「GFANZ」は傘下に9セクターの業態別連合を保有しており、「NZBA」はそのうちの一つで銀行・投資銀行アライアンスである。実は、他のアライアンスである「NZIA」や「NZAMI」でも、メンバーの離脱が進んだ。

ネットゼロ・バンキング・アライアンスとは?

「NZBA」の設立目的

 ネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA:Net-Zero Banking Alliance)は、2050年までに銀行の投融資事業における温室効果ガス排出量ネットゼロ」をめざす国際的な金融機関の連合である。
 パリ協定で定めた「産業革命以前に比べて世界の平均気温の上昇を2℃未満に、できる限り1.5℃に抑える」とした目標と整合する気候対策の推進が目的である。

 この世界の大手銀行が加盟する「2050年ネットゼロの達成」をめざす戦略的なアライアンスでは、金融機関の具体的な行動指針としてグリーンファイナンスの普及ESG投資の加速」 などを設定しており、金融業界の役割を強化するための重要な枠組みである。

「NZBA」への加盟状況

 2021年4月、国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)により「NZBA」は設立された。発足時の加盟銀行は43社であったが、日本の銀行は含まれていない。
 NZBAの発足時メンバーは、バンク・オブ・イノベーション、シティグループ、モルガン・スタンレー、BNPパリバ、ソシエテ・ジェネラル、仏郵政公社、HSBC、バークレイズ、スタンダードチャータード、ロイズ・バンキング・グループ、ドイツ銀行、UBS、クレディ・スイス、サンタンデール銀行、ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行(BBVA)、カイシャバンク、ナットウエスト・グループ、SEB、トリオドス銀行、新韓金融グループ、KBファイナンシャル・グループなど。

 2022年1月、加盟銀行は世界40カ国から101社を数え、銀行資産総額は約50兆ドル(シェア43%)に達した
 日本からは、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)、三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)、みずほフィナンシャルグループ、野村ホールディングス、三井住友トラスト・ホールディングス(SMTH)が加盟した。

 2024年1月、加盟銀行は世界45カ国から141社を数え、発足時の3倍強に拡大した。1/3以上は新興国の銀行で、銀行資産総額は約60兆ドル(シェア54%)に達した。日本から新たに農林中央金庫が加盟した。

カーボンフットプリントの中間目標の設定

 NZBA加盟銀行は、投融資事業のカーボンフットプリント(材料調達・生産・流通・販売・廃棄・リサイクルまでのライフサイクルで排出される温室効果ガス総量)の2050年ネットゼロをめざす
 そのため、加盟から18ヶ月以内に2030年までの目標と2050年目標及び、2030~2050年までの5年毎の中間目標設定が義務付けられている。2030年目標には、対象とするCO2排出量の最多セクターについて加盟から36カ月以内にセクター目標を設定し、毎年、総量と原単位でのCO2排出量の公表を行う必要がある。

 2023年12月には、「NZBA」は2回目の年次進捗報告書を発行し、18ヶ月以内に目標設定の期限を迎えた銀行107社のうち、約9割の96社が目標を設定したと公表。残り11社は、先進国の小規模銀行と新興国の銀行で、今後、「NZBA」の支援を受けて目標設定をめざすとした。

 目標設定した銀行の76%が電力セクターに対して中間目標を設定した。そのほか、鉄鋼・セメントセクターに目標を設定した銀行の割合は23%、石油・ガスセクターは57%、不動産セクターは45%であった。  

なぜ、米国銀行は「NZBA」から脱退するのか?

 2025年1月、エネルギー金属資源機構(JOGMEC)の石油・天然ガス資源情報から興味深いレポート「米国金融機関によるGFANZ傘下業態別アライアンスからの離脱について ―第二次トランプ政権誕生、現実的なアプローチに適応する脱炭素ビジネスモデル」が出ている。

グラスゴー金融同盟「GFANZ」の全体動向

 グラスゴー金融同盟(GFANZ:Glasgow Financial Alliance for Net Zero)は、2021年11月に英国グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に合わせて、金融機関が気候変動対策に取り組むための枠組みとして同年4月に発足した。

 現在、GFANZ傘下には9の業態別アライアンス(内2のアライアンスは既に活動停止・解散)が存在し、全セクターで「2050年温室効果ガス排出ネットゼロ」をめざしている。

 しかし、「NZBA」では、2024年末~2025年1月にかけて米国大手金融機関が相次いで離脱したが、「NZAMI」は2025年1月に米国ブラックロックが離脱して活動を中止し、「NZIA」は欧州保険会社が相次いで離脱して2024年4月に解散したのである。一方で、ベンチャーキャピタル向けのVCA」は拡大傾向にある。

図1 グラスゴー金融同盟傘下の業態別アライアンス  出典:JOGMEC

2024年4月に解散した「NZIA」の動き

 2021年7月に発足した「NZIA」は、保険・再保険引き受け会社における脱炭素の取組みを推進するため、フランスのアクサ、ドイツのアリアンツ、スイスのチューリッヒ保険など欧州系保険会社が中心にな設立され、米国の保険会社を除く30社以上が参加していた。

 2023年3月、テキサス州など共和党が主流を占める州の司法長官が、「NZIA」に参加する保険会社は米国の連邦及び各州レベルの独占禁止法に違反している可能性があると指摘して以降、米国市場におけるビジネス機会を失うリスクを避けて欧州系保険会社を中心に離脱が相次ぎ、2024年4月に解散した。

2025年1月に活動休止した「NZAMI」の動き

 2020年12月に発足した「NZAMI」は、資産運用会社における脱炭素の取組みを推進するため、2023年12月時点では米国のブラックロックやステート・ストリート、フランスのアムンディなどの315社が参加し、運用資産総額は57兆ドルを超えていた。

 2022年8月、米国共和党州の司法長官から独占禁止法違反の見解が示され、米国バンガードが離脱。2024年11月にトランプ氏が大統領選挙に勝利後、2024年12月、米国下院司法委員会が大手資産運用会社に対し過度なESG目標の強制は談合と反競争的行為に該当すると批判され、中心のブラックロックが離脱した。

 現在、「NZAMI」は地域における規制や顧客からの期待の違いを踏まえ、枠組みの見直しを進めており、活動を一時停止している。

離脱が相次ぐ「NZBA」の動き

 2021年4月に発足した「NZBA」は、銀行・投資銀行における脱炭素の取組みを推進するため、英国のHSBCホールディングス、フランスのBNPパリバなど141社が参加し、資産総額は61兆ドルを超えていた。

 「NZAMI」の場合と同様に、脱炭素への取り組みが反競争的(米国独占禁止法抵触の可能性)と指摘された司法リスクと、第二次トランプ政権誕生に伴う米国市場におけるビジネス機会逸失を恐れ、2024年末~2025年1月に大手米国銀行が相次いで離脱を表明した。

 「NZBA」から離脱したどの銀行も、顧客の長期的なリターン追及ニーズに応えることが最大の責務であるとの見解を示す一方で、脱炭素化は依然として長期的に価値のある目標であるとの認識も示している。

拡大傾向にある「VCA」の動き

 「NZAM」、「NZBA」、「NZIA」は脱炭素の取り組みを推進するにあたり、参加する金融機関の自由を制限するため、米国独占禁止法に抵触する可能性が指摘された。

 一方、2023年4月に発足した「VCA」は、ベンチャーへの投資会社(ベンチャーキャピタル)における脱炭素の取組みを推進するため、気候変動ソリューションの提供にベンチャーキャピタル資金を運用する。この枠組みは、脱炭素技術とクリーン燃料技術のイノベーションを喚起するため、拡大方向に向かっている。

 「VCA」は会員企業の炭素排出量と気候インパクトのデータを収集・解釈しベストプラクティスを共有するプラットフォームを提供し、温室効果ガス排出ネットゼロのデータセンター利用やサプライチェーン構築などのネットゼロ目標に適合・対応する際の障壁克服用のツールやガイダンスを提供する。

グラスゴー金融同盟「GFANZ」の新たな動き

「業態別アライアンス」から「地域連系ネットワーク」へ

 2024年11月にアゼルバイジャンのバクーで開催されたCOP29に合わせて公表された「GFANZ」のプログレスレポートでは、従来の柱であった「業態別アライアンス」に関する記載が削除され、代わりにアジア太平洋、アフリカ、中南米の3つの「地域連携ネットワーク」に置き換えられた。

 これまで「GFANZ」は、「業態別アライアンス」を通じて投融資先に脱炭素の取り組みを推進してきた。しかし、「GFANZ」の脱炭素ビジネスモデルの取組みの中心が、「地域連系ネットワーク」を通じた新興国・発展途上国における官民金融機関とのパートナーシップに移行している。

 米国の銀行や保険会社の「業態別アライアンス」を通じた活動が反競争的であるとの指摘や、トランプ大統領の就任に対する政治的な配慮が「GFANZ」の活動に影響した可能性が大きい。「GFANZ」は国・地域ごとの事情を踏まえ、より現実的な行動に適応する脱炭素化ビジネスモデルに移行しつつある。

3つの地域連系ネットワーク

 2022年6月に発足した「アジア太平洋地域ネットワーク」では、「GFANZ」は脱炭素への取り組みを推進するため地域の金融機関、政府機関、金融当局、国際金融機関との連携を支援している。
 2023年5月に日本支部、8月に香港支部が開設され、このネットワークを通じてアジア太平洋地域における石炭火力発電の段階的廃止のための資金調達に関する戦略と作業計画が発表されている。

 2022年9月に発足した「アフリカ地域ネットワーク」では、「GFANZ」はグリーン成長のための投資を喚起し、地域の金融機関、政府機関、金融当局、国際記入機関との関わりを支援している。
 2023年にはアフリカ開発銀行(AfDB:African Development Bank)が参加している。また国別の取組みとして南アフリカとセネガルの化石燃料からの脱却を目的とした国際的枠組み(JETP:Just Energy Transition Partnership)を通じて、脱炭素への取り組みを支援している。

 2023年10月に発足した「ラテンアメリカ・カリブ海地域ネットワーク」では、「GFANZ」は地域の金融機関と協力して気候変動対応資金の導入加速や、国際金融機関の支援を求めて政策当局へ働きかけている。
 「GFANZ」は民間金融機関の取り纏め役で、国別の取り組みとして2024年10月にブラジル気候・生態系変革投資プラットフォームを通じた資金供給支援を行い、重工業分野の脱炭素プロジェクトと連携している。

 「NZAM」、「NZBA」、「NZIA」は脱炭素の取り組みを推進するにあたり、米国金融機関が参加しにくい状況となり、「GFANZ」の枠組みにも変化が生じている。司法リスクとなる米国の独占禁止法に抵触しない活動への方向転換である。
 すなわち、地域に即した脱炭素の取り組みの進め方を事業機会と捉え、新興市場や発展途上国など地域別のプラットフォームによる官民連携を推進していくこと「GFANZ」は舵を切りつつある。

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