今、注目されている天然水素(Ⅱ)

はじめに

 カーボンニュートラルの鍵となる可能性から「天然水素」への期待が高まり高純度の天然水素を大量に発見し掘削する取り組みが世界各地で加速している。現在、天然水素の探索案件や各種機関による調査は、米国、フランス、豪州の政府機関・大学と各国のスタートアップ企業が主体である。

海外における天然水素の調査

米国

 米国ネブラスカ州の水素探査井「Hoarty NE3」 は、米国コロラド州デンバーに拠点を置くスタートップの Natural Hydrogen Energy(NH2E)により掘削された米国初の水素井で、2018年11月に開始され、2019年3月に完成した。公開情報では天然水素は確認されたが、井戸はテストを完了している。

 NH2Eの米国ネブラスカ州Geneva案件では、2019年に合計3400mのボーリングを実施し、水素含有量の上昇を確認、坑井試験でフレアリングを行った。2023年10月、商業生産の開始をめざしてスタートアップのHyTerraと共同プロジェクトを進めている。 

図4 米国ネブラスカ州の天然水素ボーリング施設

 2023年7月、米国コロラド州デンバーに拠点を置くKoloma(コロマ)が、ビル・ゲイツ設立のクリーン・エネルギー・ベンチャーBreakthrough Energyなどから総額9100万ドル(約134億6940万円)の資金を調達。累計調達額は2023年に3億ドルを突破し、天然水素に対する投資家の注目度が一気に高まる。 

 2023年9月、米国エネルギー省はカーボンフリーエネルギー政策の一環で、天然水素掘削プロジェクトを支援する2000万ドル(約29億9896万円)の基金設立を発表した。

 2024年2月、世界で埋蔵されている天然水素が5兆トンに達するという米国地質調査局(USGS)の未発表報告書の内容が公開された。5兆トンとは、現在全世界で年間消費される水素1億トンを基準にした場合には5万年、今後予想される年間5億トンを基準にした場合でも1万年にわたり使用可能な量である。

 2024年2月、科学雑誌サイエンスで、米国ノースカロライナ州沿岸部のLiDAR(光による検知と測距)による観察画像が紹介された。地中から漏れ出している天然水素の痕跡である円形のフェアリーサークルが多数確認されている。

図5 米国ノースカロライナ州沿岸部で観察されたフェアリーサークル 

 一方、米国Cemtivaは枯渇し油田を利用し、貯留層に水素生成菌、水、栄養素などを人工的に注入、生物学的プロセスにより地下で水素を生成し、既存インフラでの水素回収進めている。
 ラボスケール試験で水素生産コストで1ドル/㎏を達成し、フィールドでのパイロットプログラムに成功しており、住友商事・三菱重工が出資している。

フランス

 2022年2月、フランスのエンジーとポー大学はアドゥール地域と提携して、地下深部から地表までの水素の移動度と生物地球化学的反応性を研究するプロジェクト「ORHYONチェア」を立ち上げた
 「ORHYONチェア」は、TotalEnergies、45-8 Energy、Teréga、フランスの公的研究機関CNRSなど、プロジェクトに関心のある約40団体による「Earth2イニシアチブ」の一部でもある。
 エンジーは水素の製造・貯蔵から輸送・利用までバリューチェーンを広く手掛けており、フランス国内に水素センサー網を配備し、広域的な探査を実施して天然水素鉱床の有望地の絞り込みを進めている。

 2022年4月、フランス政府は鉱物資源を開発するための鉱業法に天然水素を含めた。「2030年までに1000万トンを輸入し、ロシアから輸入する化石ガスに代わる再生可能水素の1000万トン生産をめざす」とするEU全体の取り組みに先駆けた動きで、2050年の目標は6000万トン/年とした。
 しかし、欧州委員会関係者によると、欧州委員会は天然水素の可能性についてまだ完全な評価を行っておらず、それに関連する可能性のある持続可能性の問題も提起していない。

 2023年5月、ラ・フランセーズ・デネルジー(FDE)、ロレーヌ大学、フランス国立科学研究センター (CNRS)は、フランス北東部ロレーヌ地方の廃炭鉱の深度1093mで水素濃度15%を観測した。天然水素埋蔵量を世界で初めて3400万トンと発表し、資源化できれば価格競争力も十分あるとされた。
 採掘と精製による水素製造コストは1~2ユーロ/kgと試算され、メタンガス由来のグレー水素より高いが、再生可能エネルギー由来のグリーン水素と比べると圧倒的に安価である。
 しかし、3400万トンの中には、地下3kmに存在する地下水に溶け込んでいる30mg/ℓ(ppm)の水素も含まれており、水から効率的に水素ガスを抽出する技術は開発されていない。

Vue サテライト – Cercles de fée – フランス
図6 フランスのロレーヌ地方で観測されたフェアリーサークルの衛星画像

 2017年に設立されたスタートアップ45-8 Energyは、フランス北東部の都市メッスを拠点として、ヘリウムと天然水素の探査・生産を進めている。フランス南部のピレネー・アトランティック県など、国内4地点で天然水素探査プロジェクトを実施しており、2024年のヘリウム生産開始を目標にしている。 
 スイスのSolexperts(ソレックスパーツ)と共同開発した天然水素測定用のIoTツール「SurfMoG H₂」は、電気化学センサーとバッテリー、通信システムを内蔵し、過酷な環境下においても水素を検出し、長期間モニタリングすることができる。総額2180万ドル(約32億6,786万円)の資金を獲得している。

オーストラリア

 2022年2月、オーストラリアのエネルギーコンサルタントEnergyQuestが、過去12か月間で、南オーストラリア州全体で6つの異なる企業が18の石油探査ライセンスを付与または申請が行われたと公表。許可された面積を合わせると約57万㎢に相当し、州全体の32%に相当する。

 2023年10月、オーストラリアは国家水素戦略に天然水素プロジェクトを組み込んでおり一部の州管轄区域は石油探査ライセンス(石油採掘のための商業的に実行可能な鉱床の探査許可)に天然水素を含めるように修正した。

 西オーストラリア州スビアコに拠点を置くスタートアップのトリプル・エネジーは、天然水素掘削のパイオニアである。2022年にオーストラリアの水素プロジェクト開発企業ニュートラシス・インダストリーズを買収したのを機に、HyTerra(ハイテラ)に社名変更し、天然水素掘削スタートアップとして初めてオーストラリア証券所に上場し、IPO(新規公開株)で総額580万ドル(約8億6802万円)を調達した。

 2023年10月、ハイテラは、米国カンザス州ネハマ・リッジの探査地区及びプロジェクトの所有・運営リース権を100%保有し、掘削サイトの一般承認を受けた。また、Natural Hydrogen Energy(ナチュラル・ハイドロジェン・エナジー)と共同で、米国ネブラスカ州における試掘作業の準備を進めている。

スペイン

 2017 年にシンガポールで設立されたスタートアップのHelios Arago(ヘリオス・アラゴン)は、スペイン北東部アラゴン地域のモンゾン高原で、欧州初となる天然水素製造プロジェクト「MONZON(モンゾン)」の開発を進めている。

 2021年8月、モンゾン天然水素プロジェクトを進める意向表明書をアラゴン政府に提出し、2023年5月、アラゴン政府から「地域的に重要なプロジェクト」に指定された。
 同プロジェクトでは総量110万トンの水素回収が見込まれ、2029年初頭から20~30年間にわたり5.5万~7万トン/年の水素を生産する。同鉱区では他にも潜在的な天然水素源が確認されており、最終的な回収総量は500万~1000万トンで、アラゴン州全体では1億トンを超える可能性があるとしている。

 2022年には、大規模な地表地球化学調査が実施され、油田や主要な断層の上部に高レベルの水素が含まれているだけでなく、ヘリウムの存在も確認されている。

 ヘリオス・アレゴンは米国ベンチャー・キャピタルファンド「アセント・ハイドロジェン・ファンド」などの支援を受けており、オックスフォード大学やダラムエネルギー研究所、欧州議会など、天然水素分野における国際的パイオニアや政府機関と提携している。

水素探鉱・開発の許認可制度整備

 水素探鉱・開発の促進には、その許認可に関する法整備が不可欠である。先進的な例であるマリ共和国においては、2017年にHydromaに対して水素探鉱の許認可が出されている。

 米国では、Natural Hydrogen EnergyやHyterraが、ネブラスカ州、カンザス州で水素探鉱ライセンスが容認され、それぞれ鉱区を取得している。

 南オーストラリア州では、2021年2月の法改正により、Petroleum and Geothermal Energy Actのもと石油探鉱ライセンス(PEL)により水素探鉱の申請が可能となり、Gold HydrogenやH2EXにライセンスが付与されている。西オーストラリア州でも同様に法改正が進められている。

 フランスでは、2022年4月にEUに先立って鉱業法の対象に天然水素を含めた。 

 スペインでは、Helios Aragon Exploracionがスペインの石油関連法のもと2020年に鉱区を取得し探鉱を実施しているが、2021年に制定された気候変動とエネルギートランジションに関する法律により、国内での新規の石油・ガス探鉱・開発許可が停止となり、法整備が課題となっている。

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