米国のエネルギー政策大転換(Ⅰ)

はじめに

 2025年1月、トランプ大統領は、バイデン前政権下の気候変動・クリーンエネルギー政策を大幅に転換する5つの大統領令に署名。米国のエネルギー政策の脱炭素(カーボンニュートラル)からの大転換で、「ソーシャル・ティッピング・ポイント(社会的転換点)」に関する壮大な社会実験の始まりである。

トランプ政権のエネルギー政策

 2025年1月、トランプ大統領は、バイデン前政権下の気候変動・クリーンエネルギー政策を大幅に転換する5つの大統領令に署名した。その内容は、

 (1)米国のエネルギー開発の促進:大陸棚を含む米連邦政府の土地と水域でのエネルギー探査と生産を奨励し、「電気自動車(EV)義務化」の法律の撤廃など。
 (2)アラスカの資源開発の加速:アラスカのLNGポテンシャルの開発を優先するなどの天然資源プロジェクトの許可とリースの促進など。
 (3)国家エネルギー非常事態の宣言:E15 ガソリンの通年販売を許可、米国西海岸、米国北東部及びアラスカを通るエネルギーの供給、精製及び輸送の促進など。
 (4)国際環境協定における米国優先の方針:米国の「パリ協定」からの離脱、米国経済に損害を与えたり抑圧する可能性のある国際協定の策定で、米国と米国民の利益を最優先する。
 (5)洋上風力発電の開発制限:洋上風力発電リースからの大陸棚全域の一時撤退、連邦政府による風力プロジェクトに対するリース及び許可慣行の見直し。

 2025年1月、カリフォルニア州は、州独自の排ガス規制「先進クリーンフリート規則」の環境保護庁(EPA)への免除申請を取り下げた。2036年までにディーゼルトラック販売を禁止し、EV・FCVへの切り替えをめざすもので、トランプ政権下ではEPA承認が得られないと判断した。
 このほかカリフォルニア州では、ガソリン乗用車を対象とした排ガス規則「先進クリーンカーII(Advanced Clean Car II:ACCII)」などを制定している。しかし、トランプ政権は大統領令で、州政府に与えたガソリン新車販売規則の免除承認を取り消す方針を打ち出しており、今後の動向が注目される。

 2025年5月、トランプ大統領は米国が主にロシア産ウランの輸入に大きく依存していることを理由に、国家非常事態を宣言した。これにより米国議会が大きなエネルギー政策の変更を決定した。短期的には天然ガス火力発電に依存し、長期的に原子力発電比率を拡大する方針である。
 エネルギーと人工知能(AI)技術の両面で米国が優位に立つ新時代をめざし、風力発電や太陽光発電の開発業者が新規プロジェクトの投資税額控除を利用することを厳しく制限し、一方で新規原子力発電所の建設業者への控除を拡大する、いわゆる「1つの大きく美しい法案」を可決した。

 この法案は原子力発電の促進を目的とした次の4つの大統領令の実現をめざすもの:
1.1974年に設立された原子力規制委員会(NRC)の官僚的で時代遅れの体制改革を進め、新規原子炉の許認可を1年半以内、既存原子炉の運転再開を1年以内に承認する。
2.国内の供給網を優先し、大統領緊急権を使って適格なプロジェクトの許可手続きを合理化して、ウラン燃料の国内生産と加工を促進する。
3.全米で連邦政府が所有する広大な土地や多くの研究所を、原子力発電施設とAIデータセンターの開発に活用する認可を与える権限を、国防省、エネルギー省、内務省の各長官に付与する。
4.米国の原子力発電容量を現在の約100GWから2050年までに400GWへ拡大する。従来の原子力発電所と、開発中のモジュール式原子炉技術の双方を、米企業が米国内で開発する。

 2025年7月、トランプ大統領は大統領令を発令し、財務省に風力・太陽光発電事業への優遇措置の段階的撤廃の盛り込み、内務省に再生可能エネルギー優遇政策の見直しと改定を命じた
 従来は2032年まで30%の税額控除を受けていたが、新減税法では再生可能エネルギー事業の着工基準が厳格化され、着工していないと判断されれば2026年以降は税額控除を停止。それ以降に建設される風力・太陽光事業は、2027年末までに稼働しなければ税額控除の対象としない。

 トランプ大統領は再生可能エネルギーは当てにならず高価で、外国支配の供給網に依存し、自然環境や電力網に有害と主張した結果である。   

 2025年9月、トランプ政権は洋上風力に関する12事業への補助金計約6.79億ドル(約1000億円)の支援削減を決定。運輸省は支援中止の洋上風力を無駄と表明し、本物のインフラ整備を優先するとした。
 トランプ政権は8月下旬、オーステッド(デンマーク)などの米東部沖の洋上風力開発案件を、工程の8割が完了しているにもかかわらず「安全保障上の懸念」を理由に中止を命じた。

 トランプ大統領は前バイデン政権の環境・エネルギー政策を目の敵にしており、SNSに「風力と太陽光は世紀の詐欺だ」と投稿して公的支援の縮小を進め、陸上風力と太陽光の支援も削減するとした。

 トランプ政権は国内で伸び続ける電力需要を、「LNG火力」と「原子力」で賄う方針である。しかし、原子力発電所の稼働には10年以上、LNG火力発電所も建設に最短3年を要する。そこで2025年4月に、閉鎖予定のアリゾナ州の老朽石炭火力発電所の延命指示を出した。
 短期間での強引なエネルギー政策の転換相次ぐ再生可能エネルギーの締め付けにより、国内電力供給自体に懸念が高まっている。加えて、CO2排出量の削減は進まず、米国の気候変動対策は間違いなく後退し、世界に向けての指導力が低下する可能性が出てきた。

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