トップダウン国家戦略を進めるについて、定期的な評価と撤退の仕組みが重要である。①成果が出なかった場合の撤退基準、②投資効果の定量的評価指標、③途中で方向転換する柔軟な仕組み、④成果を検証する第三者的ガバナンスが不可欠である。これがないと、370兆円の投資は“巨大な政策バイアス”となり、日本の技術体系全体を歪める危険がある。
首相主導での戦略投資の意味は?
2026年6月、政府は、経済財政諮問会議と日本成長戦略会議の合同会議で、新たな成長戦略に向けた「官民投資ロードマップ」を示し、2040年度までの15年間に累計370兆円超の官民投資を行うと表明した。
「首相主導での戦略投資」とは、国家の“成長エンジン”を政府トップが選び、資源を集中投下することで、日本が抱えてきた構造的欠陥(意思決定の遅さ・縦割り・分散投資)を是正するための大実験である。
従来から、省庁ごとにバラバラに予算を付け、調整に時間を要し、投資が集中できず、スピードで米中に勝てない状態が継続することで、日本は世界での競争力を次々と失ってきた。液晶、半導体、太陽光パネル、、、
これを解決するために、ある時期に国家戦略を“トップダウン”で進めることも必要である。色々と問題も噴出しているが、近年急速に伸びてきた中国と、これを蹴落とそうとあがく米国の最近動向を見れば明らかである。
そこで、「首相主導での戦略投資」である17分野62製品・技術について、370兆円の官民投資は総花的に観えるが、選択と集中は行われたのか?について観てみよう。
図から、波及効果と緊急性が大である「経済安全保障」に集中投資されていることが分かる。総花的という大方の見立ては誤りで、政府は半導体・量子・A・防衛産業へのメリハリの利いた配分を示している。
しかし、今後10年間で150兆円を超える官民のGX投資が必要とされた「エネルギー/安全保障」が大きく後退する一方で、2040年以降を見据えた⑬フュージョンエネルギー(核融合)が特だしで追加された点、緊急性の高い「国土強靭化/危機管理」の投資が「ソフトパワー/文化産業」と比べて桁違いに少ない点は問題である。

次に、「首相主導での戦略投資」である17分野62製品・技術について、370兆円の官民投資が基盤技術、中間技術(プラットフォーム)、応用技術に適正配分されているのか?について観てみよう。
図から、政府の研究投資と大学院人材育成が中心となる「基盤技術」へは合計150.7兆円、民間投資と国際競争で戦える人材育成に企業が投資する合計164,1兆円、政府によるグランドデザインと大型投資が不可欠である「応用技術」へは合計79.1兆円の配分となっている。
最重要である「基盤技術」全体への投資規模のバランスは悪くはない。しかし、材料・部品基盤への配分がやや少ないのは問題で、政府は「経済安全保障」に集中投資し、これまでGXを国家戦略の中核としてきたものを、半導体・量子・AI・防衛産業へシフトする方針を明確に示している。

「首相主導での戦略投資」とは、「日本の未来をどこに賭けるか」を首相が決めることを意味する。17分野62製品・技術と総花的に見せながら、政府は国家戦略を従来のGXから半導体・量子・AI・防衛産業へシフトする方針を投資規模で明確に示した。
2020年10月に菅首相が「2050カーボンニュートラル」を宣言し、岸田首相、石破首相とつないできたGX(グリーン・トランフォーメーション)を大きく後退させる決断であることを認識する必要がある。
首相主導での戦略投資の問題点
そもそも「首相主導の戦略投資」は、日本政府が抱えている構造的欠陥(意思決定の遅さ・省庁縦割り・分散投資)を是正するための大実験である。しかし、実験であるために、”戦略投資の失敗”というリスクの可能性を直視すべきである。
「首相主導」がスピード感を生むことは確かであるが、政治の時間軸は数年で変化するのに対し、技術の時間軸は10~30年で運営されるべきである。すなわち、短期的な政治判断を戦略投資に持ち込めば、 「基盤技術の多様性」、「プラットフォームである企業の競争力」、「応用技術の長期性」を損なう。
菅首相、岸田首相、石破首相とつないできたGX(グリーン・トランフォーメーション)が未完成の状況で、投資を大きく後退させる判断には十分な議論が尽くされたのであろうか?
基盤技術は成果が見えにくく、政治的に説明しづらいため、首相主導の投資では優先順位が下がりやすい。すなわち、選択と集中が強まることで、政策目的に直接関係しない「基盤技術」への投資が削られる。実際に、AI・量子・半導体・防衛技術などに投資が集中し、日本の強みである部品・材料・計測・生産技術などへの投資は相対的に低く抑えられる。「首相主導」は基盤技術の多様性を損ない、長期的な技術競争力を弱める。
特定の産業分野への企業投資を政府が過度に誘導すると、「プラットフォーム」である民間企業の競争力が長期的には低下する。政府により規制で守られ、補助金で優遇された企業は、自身の長期的な投資判断を歪められる傾向が強まり、国際競争力が低下する危険性がある。
政府誘導が強まると、企業は市場競争ではなく政策適応に最適化し、長期の投資方向が歪む。この失敗例は、過去を振り返れば明らかである。DRAM、液晶テレビ、太陽光パネル、、、、、
「応用技術」に関して、首相の在任中に成果を出したいプロジェクトが優先され、地味であるが重要なインフラ整備が後回しとなる。実際に、政府は“短期成果”を優先する傾向にあり、緊急性は高いが長期にわたる投資が必要で成果が見えにくい「国土強靭化/危機管理」への投資は低く抑えられている。
今後、重要なことはトップダウン国家戦略について、定期的な評価と撤退の仕組み作りである。現時点で370兆円の投資計画には、①成果が出なかった場合の撤退基準、②投資効果の定量的評価指標、③途中で方向転換する柔軟な仕組み、④成果を検証する第三者的ガバナンスが欠けている。そのため、370兆円の投資は“巨大な政策バイアス”となり、技術体系全体を歪める危険が高い。
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