期待される天然水素について
天然水素の抱える課題とは
天然水素は地中からの直接的な採掘が可能で、水の電気分解のような製造プロセスが不要であるため低コスト化が可能と考えられている。加えて、以前に考えられていたより遥かに広範囲にわたり天然水素の貯留層の存在が、最近の研究で明らかにされてきた。
現在、水素生成メカニズムの主力と考えられている蛇紋岩化反応では、化石燃料に比べて天然水素の生成反応は圧倒的に速く、しかも連続的に生成されるため、枯渇する可能性が低いと推測されている。
しかし、現在に至るまでアフリカのマリ共和国での小規模利用にとどまり、商業化には至っていない。何故、天然水素の利用が遅々として進まないのか?様々な理由が取り上げられている。
天然水素の実用化が進まない理由:
■天然水素の発生メカニズムが十分には解明されていない。
■天然水素の供給規模と安定供給が十分に担保されていない。
■メタン、ヘリウムなどと混合している場合が多く、高純度の天然水素は珍しい。
■正確なコスト試算が出来ていない。
■天然水素の採掘・回収・輸送技術のサプライチェーンが構築できていない。
以上から、実用化が進まない理由は、「天然水素」の発生・供給メカニズムが明らかではない点に集約される。そのため高純度の天然水素鉱床の有無や、天然水素の貯蔵量・埋蔵量の把握などが難しく、商業ベースでのコスト試算が不確定なのである。
また、サプライチェーン構築は、良好な天然水素鉱床が見つかってからの開発アイテムであろう。
ところで、少し過去を振り返ってみよう。
「石炭」と「石油」の存在は太古の昔から知られていた。しかし、実際の炭鉱開発は18世紀の産業革命を待つことになる。何故なら、英国における蒸気機関の燃料として、19世紀後半には製鉄業などの発展により需要が急増したからである。限界の見えていた薪炭から石炭への「エネルギー変革」である。
石油に関しても、19世紀後半に米国で近代的な機械掘りの油田開発が成功し、船舶や自動車用燃料として需要が増大した結果、20世紀に入ると石炭から石油へと「エネルギー変革」が起きたのである。
過去の例からも明らかなように、「エネルギー変革」が起きるためには、①変革に値するだけの差し迫った必要性と需要の増大が必要であり、②経済性をクリアできるような新技術の登場が不可欠である。
産業革命当時の英国は、エネルギーを薪炭に依存しており、森林伐採による環境破壊が深刻であった話は有名である。また、米国テキサス州での初期の石油ブームは良好な油田で、掘削により高圧の石油が噴出する自墳井であったことが功を奏した。
天然水素の将来展望
天然水素の存在は以前から知られていた。しかし、希少性が高く、回収が困難なため経済性に乏しいと考えられ、商業ベースの検討からは長らく敬遠されてきた。それでは”何故、最近になって天然水素に注目が集まっているのであろうか?”
答えは簡単である。世界各国がカーボンニュートラルをめざす中で、従来の化石燃料(石炭、石油、天然ガス)に替わり、次世代クリーン燃料として水素に注目してきたが、豊富で安価な水素の入手が困難という壁にぶち当たり、新たな打開策を模索する中で「天然水素」の存在を思い出した。
国際エネルギー機構(IEA)の試算で、生産コストは「グレー水素」が0.9~3.2ドル(約138~480円)/kg、「ブルー水素」が1.5~2.9ドル(約225~435円)/kg、「グリーン水素」が3.0~7.5ドル(約450~1125円)/kgである。「天然水素」の生産コストが「グレー水素」並みであれば、商業的に受け入れやすい。
実際に、スイス、ブラジル、米国の研究者は、天然水素は0.5~1.0ドル(約75~150円)/kgで生産できる可能性があると報告している。しかし、フランスの研究者は1.0~2.0ユーロ(175~350円)/kgと試算しており、あくまで参考値と考えるべきであり、”良好な水素鉱床の探索”と”掘削技術の進歩”が鍵である。
複数の研究者により、天然水素の埋蔵量も概算が示されているが、対象とする水素鉱床の規模や掘削プロセス、試算方法などが異なるため大きな幅がある。
一例として、2023年5月、ラ・フランセーズ・デネルジー(FDE)、ロレーヌ大学、フランス国立科学研究センター (CNRS)は、フランス北東部ロレーヌ地方の廃炭鉱の深度1093mで15%の水素を観測した。天然水素埋蔵量が世界で初めて3400万トンと発表された。
2015年12月のパリ協定により、世界各国がカーボンニュートラルをめざすことが決定された。これにより”①変革に値するだけの差し迫った必要性と需要の増大”は実現されつつある。現時点で足りないのが、”②経済性をクリアできるような新技術の登場”である。
天然水素への「エネルギー変革」の第一歩は、”良好な天然水素鉱床”の発見である。とにかく、高純度な天然水素が豊富に回収できる天然水素鉱床が1カ所でも発見されると、「エネルギー変革」は加速的に進むことを過去の例が示している。
資金の豊富なメジャーが動くと本格化する。それまでスタートアップ各社の頑張りに期待したい。

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