中国のカーボンニュートラル政策の堅持
中国は2030年までにCO2排出量を減少に転じさせる「2030年ピークアウト」と「2060年カーボンニュートラル」を達成する「3060ダブルカーボン」の目標を掲げ、国家主導で大規模な再生可能エネルギーの導入やEV普及を進めてきたが、過剰生産の抑制や実効性重視へとシフトを始めた。
特に、世界シェアの高い太陽光パネル・EV・電池の分野では、EU制裁などの国際摩擦や国内価格崩壊を回避するために生産調整の段階に入っている。
■目標の堅持:「3060ダブルカーボン」の目標を堅持するものの、急激な石炭供給の絞り込みによる経済混乱を避けるため、エネルギー安定保障を優先する現実的な調整は実施。
■非化石エネルギー:太陽光や風力発電の設備容量を驚異的なスピードで拡大して世界シェアトップを実現、2030年までに、再エネ+原子力の消費比率を全体で25%前後に高める目標をあらたに設定。
■補助金・財政支援の見直し:再エネ設備・EV・電池などの工場建設や技術開発実証の補助金を大規模に支給。EV購入補助金は2022年末で終了し、メーカーの技術開発やインフラ整備へシフト。
2026年7月、2030年までの脱炭素目標を具体化した第15次5カ年カーボンピークアウト・アクションプランを発表。単位GDP当たりCO2排出量を2025年比で17%削減し、一次エネルギー消費に占める非化石燃料の割合を25%へ引き上げる目標を設定し、各分野での計画を示した。
エネルギー分野では、2030年までに風力・太陽光の総設備容量を28億kW以上、従来型水力発電の設備容量を約4.1億kW、原子力発電の稼働設備容量を約1.1億kWに引き上げる。
中国は「3060ダブルカーボン」の目標を堅持しつつ、エネルギー安全保障と産業競争力を両立させる“現実路線”を愚直に進めている。太陽光・風力・原子力の設備容量を世界最大規模で拡大する一方、石炭火力は急激な削減を避け、調整電源としての役割を維持するとしている。
一方、EV・電池・太陽光などの分野で供給過剰が顕在化したことから、政府は過度な安値競争の是正や産業構造の高度化を重視する方向へ政策を調整している。
インドのカーボンニュートラル政策の強化
インドは「2070年カーボンニュートラル」の達成をめざし、2030年に非化石燃料エネルギーの割合を50%にするなどの中間目標を設定。一方、石炭火力発電は依然として約70%を占め段階的削減を主張しており、急速な経済成長とエネルギー需要増の中で、現実的な脱炭素政策と産業競争力の維持の両立をめざしている。
■規制の強化:アルミ・セメント・クロルアルカリ工業・パルプ製紙業界へのGHG排出削減の義務化、ガソリンへのエタノール混合率目標の前倒し、EV・HVシフトの厳格化、インド炭素市場(ICM)の本格始動など。
■再生可能エネルギーと水素:2030年までに非化石燃料による発電容量500GWの達成をめざし、送電網強化へ約3兆円規模の投資、国家水素ミッションに基づくグリーン水素の国内生産を強化する。
■補助金・財政支援の見直し:太陽光パネル・蓄電池・EV部品などの国内製造支援、欧州のCBAM(炭素国境調整措置)などの環境規制に備え、化学や鉄鋼分野のCO2削減技術の支援を行う。
2026年2月、本格運用される「インド炭素市場(CCTS)」の仕組みが公表された。コンプライアンス・メカニズムとオフセット・メカニズムの両面で温室効果ガス(GHG)削減を市場メカニズムに乗せる段階へ移行した。
コンプライアンス・メカニズム(義務)は、対象9業種(鉄鋼・セメント・石油精製・化学など)にGHG排出枠を設定し、目標超過した場合はクレジット発行、未達の場合はクレジット購入で補填する。
オフセット・メカニズム(任意)は、義務対象外企業も削減プロジェクトを登録可能で、再エネ・水素・バイオガス・農業メタン削減・造林・EV・モーダルシフトなどで、2025年時点で12の方法論が承認されている。
インドは「2070年カーボンニュートラル」を掲げ、ゆっくりと国内産業の保護と現実的なCO2排出量削減を両立させる方向を追求している。
すなわち、急速な経済成長期にあるため、CO2排出量のピークアウトは先送りしつつ、国際交渉では途上国への資金・技術支援を強く要求するなど、「成長を止めずに脱炭素を進める」という独自の現実路線をめざしている。
それでもなお脱炭素化を継続すべき必然性
「パリ協定」は、2016年11月4日に正式に発効された。「世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて2℃未満、できれば1.5℃以内に抑える」ことを目標に、地球温暖化を防ぐために世界のほぼすべての国が参加して取り組む国際ルールである。
この国際ルールの実行を困難としたのは、2020年3月~2023年5月のパンデミックによる世界経済の停滞と急回復、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻、2026年2月に始まった米国・イスラエルのイラン攻撃による中東情勢の不安定化などによる世界的な物価高騰である。
カーボンニュートラルの旗振りを行った先進国(EUを始めとするG7各国)は、いずれもエネルギーや食料品の高騰に見舞われ、実質賃金の低下に直面している。そのため先進国は「脱炭素化の速度」よりも「産業競争力とエネルギー安全保障」を優先する現実路線に舵を切らざるを得なくなった。
ただし、米国トランプ政権は、「産業競争力とエネルギー安全保障」のみを優先する政策に舵を切った。
一方、当初から「脱炭素化の速度」よりも「産業競争力とエネルギー安全保障」を優先する新興国(中国、インドなど)は、化石燃料を使うと共に、再生可能エネルギーや原子力を拡大することで順調な成長を遂げてきた。しかし、現在は世界的なインフレによるエネルギーや食料品の高騰に直面している。
この世界的インフレを引き起こした最大要因は、 天然ガス・石油など化石燃料の急騰である。すなわち、特定地域に偏る化石燃料の輸入に依存する構造的脆弱性が露呈したのである。各国が、この問題を回避するにはエネルギー自給率の向上が鍵となる。
先進国(EUを始めとするG7各国)は、米国・カナダを除けば化石燃料を産出しないので、エネルギー自給率向上のために再生可能エネルギーと原子力の比率を上げる必要がある。
一方、新興国(中国・インド・ロシア)の現状は、石炭産出国である中国とインドに石油・天然ガスをロシアが輸出する構図が出来上がっている。そのため、中国とインドはエネルギー自給率向上のために石炭火力を維持しつつ、再生可能エネルギーと原子力の比率を上げる必要がある。
すなわち、当初は地球温暖化防止で始められた「カーボンニュートラル」であるが、世界が脱炭素政策(再エネ・原子力・電池・EV・水素・バイオなど)を進めることにより、多くの国にとっては 「エネルギー安全保障」の強化策となっており、脱炭素政策は止められない。
一方、化石燃料産出国にとっても、脱炭素政策(再エネ・原子力・電池・EV・水素・バイオなど)は次世代産業のコア技術でもあり、無視することは出来ない。既に、世界の産業構造は大きく変わっている。
さらに、近年の豪雨・洪水・熱波・山火事などの異常気象は、IPCCが指摘するように温室効果ガス濃度の上昇と統計的に強い相関を持ち、各国の経済損失は過去20年で約2倍に増加している。 そのため、脱炭素政策は”温暖化防止”から、異常気象による人的・経済的損失を抑える”防災政策”としての性格を強めている。

現在、エネルギー安全保障の課題に加えて、カーボンニュートラルそのものの目的が変化している。
当初の「カーボンニュートラル」の立ち位置は”温暖化防止”であった。しかし、異常気象が頻発する現状を鑑みると、目的は”災害リスクの低減”へと広がっている。
さらに、インフレ抑制による経済安全保障、エネルギー自給率向上によるエネルギー安全保障、投資の誘導による産業競争力強化などを考慮すると、脱炭素化を継続する理由は以前より強くなっている。
これらを同時に満たすため、各国は脱炭素化の“速度”を調整しつつ、目的そのものを拡張している。
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