企業の脱炭素戦略は「理想」から「現実」へ(Ⅵ)

はじめに

 鉄鋼業界におけるカーボンニュートラルへの取り組みは、数年前の石炭高炉に代わる「水素直接還元」への大きな期待から、現在は技術的・経済的な壁に直面している。しかし、これは脱炭素の放棄ではなく、理想から現実解への移行期と考えられる。そこで注目されるのが各国の脱炭素への取組み方である。

鉄鋼業界におけるカーボンニュートラルのトーンダウン

 鉄鋼業界におけるカーボンニュートラルの取り組みに関しては、世界的にコークス(石炭)に代わる「水素還元製鉄」への期待が高まった。国内でも、2026年7月にはNEDOプロジェクトでグリーン水素による約1トンの還元鉄試作に成功している。

 しかし、安価で大量のグリーン水素が供給されるという前提条件が崩れた結果、景気減速による鉄鋼生産量の縮小もあり、大きく後退している。ルクセンブルクのアルセロール・ミタルや、ドイツのザルツギッターなど大手鉄鋼メーカーは相次いでグリーンスチール生産計画を中断・中止している。
 新興国は石炭を用いる高炉の維持・新設を進め、先進国は現実路線への見直しを進めている。

図4 現在普及している3つの製鉄プロセス  出典:NEDO

『欧州の製鉄メーカー』
 2026年7月、欧州委員会はEU ETS(排出量取引制度)で特定産業への一部無償排出枠の延長を提案した。これによりCO2削減のペースが緩められ、製鉄業界も4年延長され2034年→2038年まで無償割当が延長される。加えてCBAM(炭素関税)も連動して延期される。
■アルセロール・ミッタル(ルクセンブルク):2030年までにCO2排出強度25%削減を最大10%削減へ修正。
 ①ドイツ(ブレーメン・アイゼンヒュッテンシュタット): 25億ユーロ(約4550億円)規模の水素直接還元への転換プロジェクト凍結。②フランス(ダンケルク): 18億ユーロ(約3280億円)規模の水素直接還元+電気炉の建設計画を無期限延期。 既存の石炭を用いた高炉の寿命延長へ舵を切った。

 ロシアのウクライナ侵攻以降のエネルギー価格の高騰、安価なグリーン水素の供給遅れが直接の原因とされている。水素直接還元で製造されるグリーンスチールは従来の高炉よりコストが20〜40%高くなり、市場では最大10%程度しか許容されないため、現実路線への軌道修正を余儀なくされている。

『中国の製鉄メーカー』
 中国政府は鉄鋼業界のCO2ピークアウトを5年延期して政府の「3060目標」に揃え、無理な前倒しを求めないと修正。国家発展改革委員会は粗鋼生産量の一律減産から、省エネ基準を満たさない低効率設備の淘汰に方針転換。2025年までに粗鋼生産に占める電炉の割合を15%以上にする目標を設定した。
■宝武鋼鉄集団(China Baowu Group):政府の「3060目標」を前倒し、「2023年ピークアウト、2050年ニュートラル」を設定。中間目標として2030年炭素排出量15%削減、2035年30%削減を設定。
 ①2023年12月、湛江製鉄所に100万トン/年規模の水素直接還元プラントを稼働。ただし、コークス炉ガスなどの副生ガスを活用し、将来的に100%グリーン水素へとシフトする現実解に見直し。②2023年9月、傘下の八一鋼鉄の大型高炉を改造し、独自技術で少量の水素を使う200万トン/年規模の「HyCROF(富水素炭素循環酸素高炉)」を稼働。③2025年12月、湛江製鉄所で再エネ電力とスクラップを利用する220万トン規模の電気炉を稼働させ、高炉から電炉へのシフトを加速させている。
■鞍山鋼鉄集団(Ansteel Group):政府の「3060目標」に揃え、中間目標としてCO2排出量をピーク時(2025年想定)から30%削減する。
 ①2025年8月、鞍山製鉄所内でグリーン水素による水素直接還元+電炉パイロットラインで連続運転に成功し、2026年以降に商用規模への拡大を計画。②高炉から電炉への転換は、鞍鋼聯衆(広州)ステンレス鋼や攀鋼集団 江油長城特殊鋼で本格稼働し、強化が進められている。

 中国政府は鉄鋼業界に対して、従来の脱炭素方針を前倒しから現実路線へと修正した。また、粗鋼一律減産から 低効率設備の淘汰に政策転換することで、中小規模の高炉・電炉の縮小・撤退を狙っている。
 政府の政策転換を受けて、鉄鋼メーカーは高炉の延命による投資回収を本流として、将来の水素直接還元とスクラップ活用による電炉への現実的な移行に備えている。

『インドの製鉄メーカー』
 政府は「2070年カーボンニュートラル」を宣言し、「国家鉄鋼政策2025(National Steel Policy 2025)」の中で製鉄分野の明確なCO2排出量の中間目標として、2025年比で2035〜2036年までに25%削減を設定した。
 一方、鉄鋼分野の脱炭素を支援するため、水素直接還元パイロットプロジェクトへの助成も含めて5億2900万ドル(約920億円)規模の財政支援を策定する。また、鉄鋼や化学など5分野にCCUS(CO2回収・利用・貯留)で、5年間で2000億ルピー(約3300億円)を投じる。
■タタ・スチール(Tata Steel Group):「2045年カーボンニュートラル」を掲げ、2030年までの中間目標は①インド本国で2024–25年度比で10〜15%の削減、②オランダ(IJmuiden製鉄所)で40%削減(2019年比)、③英国(Port Talbot製鉄所)で30%削減(2019年比)を設定。ただし、国内需要の急増で高炉は拡大する。
①2026年3月、インドのルディアナで同社初の100%スクラップの電炉工場(75万トン)を稼働。
②2024年〜2025年、英国で石炭高炉2基の休止を決定。英国政府と共同で大型電炉へ転換し、2027年の稼働をめざす。③2023年9月、オランダ政府と最大65億ユーロ(約1兆1000億円)規模の脱炭素計画を締結。水素直接還元設備を設置して天然ガス+バイオメタン+CCUSで稼働させ、将来的に水素へ移行。

 2024年9月、タタ・スチールは、インド・オリッサ州カリンガナガル製鉄所で大規模な拡張(第2フェーズ)を進めており、インド国内最大となる最新の大型高炉を稼働させた。これにより、同製鉄所の粗鋼生産能力は300万トン/年から800万トン/年へ大幅に拡大した。

 インフラ整備で経済成長を優先するインド国内では、タタ・スチールの他にアルセロール・ミッタルと日本製鉄の合弁会社(AM/NSインディア)などが主導し、巨費を投じた石炭高炉の新設・拡張ラッシュが続く。2026年3月に商業運転を開始した電炉は立ち上げ段階にあり、スクラップ供給が課題となっている。

『韓国の製鉄メーカー』
 2026年6月、「鉄鋼産業競争力強化法(通称:K‑Steel法案)」が制定され、競争力・経済安全保障・低炭素化を統合した国家産業戦略に転換された。「2050年までにGHG排出量を約95%削減」の目標を掲げる。
 政府は2028年までに30万トン/年規模の水素直接還元パイロットプラントを建設し、2031〜2035年に商業規模(250万トン/年)の技術を確立し、2036年以降に既存の高炉を水素還元プロセスへ順次転換する計画で、電炉への移行も含めて開発を支援する。
■ポスコ・ホールディングス(POSCO Holdings ):鉄鋼部門の中間目標は2030年までに10%削減(2017〜2019年の3カ年平均比)、2040年までに50% 削減をめざす。
 最終目標の水素直接還元製鉄「HyREX」は2029年に浦項での稼働を予定するが、それまでの経過措置として、2023〜2026年に高炉への天然ガス・水素注入による低炭素操業(低HMR操作)を開発して実用化。2026年6月、光陽の新電炉(250万トン)を稼働、高炉と電炉の溶鋼を混ぜてCO2排出量の低い自動車用高級鋼板を製造する。

 2026年9月、POSCOはオーストラリア資源大手BHPと「HyREX」商用化に向けた協業契約を締結した。 POSCOが独自開発を進める水素直接還元「HyREX」の商用技術検証において、BHPから提供される鉄鉱石を使用して性能や安定性を試験する。

 「K‑Steel法案」は“脱炭素の理想論”から“現実的な産業戦略”へと転換するための包括的な制度で、韓国のカーボンニュートラル政策は“国家産業戦略”へと格上げ再定義された。 カーボンニュートラルを産業の生存戦略と結びつけて制度化した点が大きな特徴である。

 『日本の製鉄メーカー』
 鉄鋼業では「2050年ネットゼロ達成」、2030年度のCO2排出量削減30%減(2013年度比)を設定。政府は2026年3月の成長戦略会議でグリーンスチールの普及に向けたロードマップ案を提示し、大型革新電炉への投資支援や水素還元製鉄の市場獲得(公共調達や購入者への補助金)をめざしている。
■日本製鉄(Nippon Steel):「2050年ネットゼロ達成」と2030年のCO2排出量30%削減(2013年比)を維持。
 2026年4月、八幡地区で大型電炉(200トン)への転換工事に着工、2029年度下期の稼働予定。2026年度から君津第2高炉に水素注入の高炉水素還元(Super COURSE50)の実証、2030年度までの商用化をめざす。水素直接還元は主調達先の豪州産「低品位鉱石」を対象に開発を進め、2040年頃の商用化。
■JFEスチール(JFE Steel) :2027年にGHG排出量24%削減(2013年比)、2030年に30%以上削減を維持。
 2026年4月に千葉地区の電炉が稼働、2028年度に倉敷地区へ革新電炉(200トン)を導入。京浜地区で既存高炉を使うカーボンリサイクル高炉の開発を進め、2035年頃に開発完了。2026年7月、千葉地区でグリーン水素を使い約1トンの水素直接還元に成功、2040年代半ばの商業化をめざす。

 現在、国内の製鉄メーカーは、2040〜2050年代の長期目標に水素直接還元を置き、巨額の政府支援を背景に短期的には高炉の電炉シフトを進める現実的な移行戦略を進めている。 

 一方で、天然ガスや再エネが安価で、高品位な鉄鉱石が採れる海外地域で鉄鉱石をあらかじめ「低炭素還元鉄」に加工し、それを日本に輸入して電炉で鋼鉄に仕上げる国際共同事業の検討も進められている。
 日本製鉄は天然ガスが豊富な米国や中東、再エネが安いオーストラリアやブラジルでの水素製鉄プロジェクトへの巨額投資を検討。JFEスチールは伊藤忠商事やUAE大手のエミレーツ・スチールらと組み、アラブ首長国連邦(アブダビ)での低炭素還元鉄のサプライチェーン構築を検討している。

 しかし、高炉から電炉への切り替えはCO2削減となるが、代わりに膨大な電力を消費する。電炉の電力消費量:400〜500kWh/トンで、高炉の30〜50 kWh/トン。電力自体の脱炭素化(再エネ・原発の電力安定供給)と電気料金の低コスト化が進まなければ、世界での競争力は維持できない。

 鉄鋼業界におけるカーボンニュートラルへの取り組みは、数年前の大きな期待から、現在は技術的・経済的な壁に直面している。しかし、これは脱炭素の放棄ではなく、理想から現実解への移行期と考えられる。そこで注目されるのが各国の脱炭素への取組み方である。
 韓国の脱炭素政策は2026年の「K‑Steel法案」により“国家産業戦略”へと再定義し、単なる環境政策ではなく “鉄鋼産業の再編・競争力強化・地政学リスク対応を同時に達成するための国家プロジェクト” と位置づけており、鉄鋼業界の生き残りをかけて法制化している。
  欧州は環境規制「CBAM」で企業に外部圧力をかけ、 中国は産業構造のスリム化で脱炭素を進めている。日本は企業に一任して政府は補助金支援に留まる。 政策の設計思想そのものが異なる。

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