企業の脱炭素戦略は「理想」から「現実」へ(Ⅲ)

はじめに

 現在、現実解として浮上しているのが、デンマースクのマースクが主導する「グリーンメタノール Maersk」であるが、航空業界におけるSAFと同様に、”極端な供給量の不足”と”化石燃料の数倍”という高価格が、船社の経営を直撃している。

船舶業界の「グリーンメタノール」とは

 世界の主要な船舶保有会社(船社)は、「2050年までのネットゼロ達成」をめざす国際海事機関(IMO)の目標達成をめざしてきたが、現実解として従来の重油からLNG・メタノール・アンモニアなどの次世代燃料対応船への投資と計画進めている。

図2 各種燃料の特性比較(舶用C重油を1.0とした比較)

 EUの排出量取引制度(EU ETS)に海運分野が組み込まれるなど経済的ペナルティが現実化し、船社では保有船隊の運行効率化や速度減速(スロー・ストリーミング)の徹底が進められている。また、クリーン燃料の調達コストが従来燃料の重油よりも大幅に高いため、サプライチェーン全体でのコスト負担も検討されている。

『欧州の船舶保有会社』
 2026年7月、欧州委員会は産業界の競争力維持や負担軽減を目的に、EU ETS(排出量取引制度)の大幅な緩和・見直し案を公表した。一方で、段階的に進められてきた海運向けEU ETSの適用比率が、2026年1月で100%(全額課税)に達した。船社は脱炭素の前倒しから、実効性重視の戦略を取らざるを得ない。
■MSCグループ(スイス)「2050年までのネットゼロ達成」を掲げ、オフセット(排出権購入)に頼らず環境配慮型船舶(バイオ燃料ソリューションやLNG燃料船)への巨額投資を進めている。国際海事機関(IMO)が定める2030年の脱炭素目標に対し、保有船隊の運行効率化などで5年前倒しでの達成を公表。
■マースク(Maersk、デンマーク)「2050年までのネットゼロ達成」を掲げ、バイオ燃料や次世代の代替燃料の低コスト調達めざし、実効性のあるサプライチェーン構築と運用見直しを継続。メタノール燃料船の導入を当初計画から大幅に前倒しして推進している。
■CMA CGM(フランス)「2050年までのネットゼロ達成」を維持し、2030年までに2008年比で30%減、2040年までに80%減と前倒し。LNG主体からメタノール・バイオ燃料への多燃料化への戦略見直しを実施。 
 LNGデュアル燃料船は2029年までに約138隻、メタノールデュアル燃料船は2022年~2023年に合計24隻を発注。2030年までにエネルギー消費における代替燃料の比率を50%にする目標を掲げる。
■ハパックロイド(Hapag-Lloyd、ドイツ)「2045年までのネットゼロ達成」と前倒し設定。150隻以上のコンテナ船を対象とした大規模な効率化・改修工事を推進。シースパン(Seaspan)などと協働し、既存船舶をメタノール燃料に対応する改造プロジェクト(Project SAVER CleanBlue)を完了し実証している。

 デンマークのマースクは、2026年から中国ロンジー(LONGi)と農業残渣を原料としたバイオエタノールの長期オフテイク契約を締結して供給を受けている。また、2026年2月には欧州エナジー(European Energy)からは合成燃料(e‑メタノール)を1000トンの供給を受け、その他の複数の欧米企業と交渉中である。

 最近の分析によると、2035年に世界で 2000〜3000万トン/年のグリーンメタノールが必要であるが、現在の商業生産レベルは数十万トン規模で、需要の1〜2%と完全に不足している。また、2026年時点のコストは、バイオメタノール:900~1400ドル/トン、e-メタノール:1600〜2,00ドル/トンで、船舶用重油(VLSFO):500~800ドル/トンの2~4倍と高コストである。航空機におけるSAFと全く同じ問題に直面している。

 しかし、現時点で最も実装可能性の高い現実解として浮上しているのは、のデンマークのマースク(Maersk)が主導する「グリーンメタノール Maersk」である。
 メタノールは既存の重油タンクや供給インフラが使用でき、既存のディーゼルエンジンを若干の改造で流用できる。また、船舶で使いやすい常温・常圧の液体燃料で、毒性はあるがアンモニアより圧倒的に安全で、水素よりもインフラ整備が容易である利点を有している。

『中国の船舶保有会社』
 政府は「2030年までのカーボンピークアウト、2060年までのカーボンニュートラル(3060目標)」を堅持しつつ、中国国務院が2026年7月に発表した「第15次5カ年カーボンピークアウト・アクションプラン」では、急激な脱炭素による経済混乱やエネルギー不足を徹底的に回避する現実路線が明記された。一方で2026年4月には、中国交通運輸部は2030年までに2025年比でCO215%以上の削減を法的に義務付けている。
■COSCO shipping(中国遠洋海運集団)「2050年までのネットゼロ達成」を掲げ、タンカー部門の2030年までの排出ピークアウトに向けたロードマップを維持・推進。メタノールデュアル燃料コンテナ船の大量導入や、船舶用バイオ燃料(B24やB30)の給油・利用を拡大、水素・アンモニアの可能性も検証。

『日本の船舶保有会社』
 国土交通省・経済産業省や大手海運・造船各社は、「2050年ネットゼロ」を維持し、グリーンイノベーション基金(次世代船舶の開発:350億円) を活用し、2026年にアンモニア・水素燃料船の実証運航を予定。内航海運ではメタノール燃料船や電気推進船、ハイブリッド船を特定船舶に指定して補助金で支援する。
 一方で、国際規制(EU ETS 100%適用など)に対応するため、日本の船社(日本郵船、商船三井、川崎汽船)はバイオ燃料の活用を急拡大させている。
■日本郵船(NYK)「2050年までのネットゼロ達成」を掲げ、2030年に排出量を45%削減(2021年度比)の中間目標を2025年に前倒し設定。バイオ燃料の技術検証、大気中からのCO2除去(CDR)クレジットの試験調達や商用化へ参画。サプライチェーン全体を網羅するGHG排出量の集計精度を向上する。
■商船三井(MOL)「2050年までのネットゼロ達成」を掲げ、2026年4月に経営計画「BLUE ACTION 2035」Phase 2を策定。LNG燃料船をベースに、多様な次世代クリーン燃料への転換を推進。自然由来(マングローブ再生等)や技術系(DAC、風化促進など)のカーボンクレジット創出・調達を強化する。
■川崎汽船(K Line)「2050年までのネットゼロ達成」を掲げ、2030年にCO2排出効率を2008年比で50%改善の中間目標を設定。LNG燃料船やLPG燃料船の導入拡大、バイオLNGやバイオ燃料(B24)の導入、風力推進システムの活用などの省エネ技術による燃費・CO2排出の削減を進めている。

 船舶業界の脱炭素化は、燃料転換だけでなく、運航効率化・既存船の改造・クレジット活用・再エネ援用など多層的な取り組みが進められている。燃料面では、短期的にはLNG・メタノール燃料に対応したデュアル燃料船の建造が急増し、多くの船社は「単一燃料戦略」から「多燃料戦略」へ移行している。

 一方、長期的には次世代ゼロエミッション船の燃料としてアンモニア・水素を掲げてきたが、アンモニアの毒性の問題や水素の安全性の確保、いずれも供給インフラは未整備、重油コストに対してグリーンアンモニアは4~6倍、液化水素は5~10倍以上と高価格のために遅れており、見直しが必要な状況にある。

 現在、現実解として浮上しているのが、デンマースクのマースクが主導する「グリーンメタノール Maersk」であるが、航空業界におけるSAFと同様に、”極端な供給量の不足”と”化石燃料の数倍”という高価格が、船社の経営を直撃している。
 2026年7月、欧州委員会は船主に対する経済的支援策として 「EU ETS 指令(Directive 2003/87/EC)」と「MSR決定(Decision 2015/1814)」を同時に改正し、2040年に向けてGHG排出枠を急激に減らしすぎないように見直した。今後、船社の脱炭素の中間目標の見直しが始まる。

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