企業の脱炭素戦略は「理想」から「現実」へ(Ⅱ)

はじめに

 世界各国で持続可能な航空燃料(SAF)の導入に向けた義務化や法整備が進む一方、極端な供給不足と”化石燃料の数倍”という高価格が、各国の政策や航空会社の経営を直撃している。その結果、ニュージーランド航空は温室効果ガス排出削減の中間目標の撤回を公表した。

航空機業界の「SAF不足」によるトーンダウン

 航空業界ではカーボンオフセット(排出権購入)に過度に依存する当初方針を見直し、燃料効率の高い次世代機への転換、飛行ルート・速度の最適化による燃料節約、持続可能な航空燃料(SAF)への置き換えを進めてきた。しかし、2024年7月、ニュージーランド航空が2030年までの温室効果ガス排出削減目標を撤回した。

 多くの航空会社は「2050年の温室効果ガス排出実質ゼロ」の目標を維持し、2030年までに航空燃料の約10%を持続可能な航空燃料(SAF)に置き換える目標を掲げている。しかし、世界のSAF生産量は約60万トンで全ジェット燃料の1%未満にとどまり、価格はバイオ系SAFで約2~3ドル/ℓと従来燃料(約0.7~1.0ドル/ℓ)の数倍の高価格のため、増産体制や航空会社の調達が遅れている。

 SAFの開発では①バイオ系SAF(廃食油・動植物油)、②合成燃料e-fuel(CO2+再エネ水素)、③アルコール系 SAF(エタノール由来)、④ガス化系SAF(木質バイオマス)が進められている。このうち、既存技術を活用できる①バイオ系SAFの商用化が進み、原料(廃食油・バイオマス)の世界的な争奪戦が始まっている。

 国際航空のカーボンニュートラルは、ICAO(国際民間航空機関)が策定した「2050年ネットゼロ目標」と、国際線の排出増加を抑制するためのCORSIA(国際航空カーボンオフセット・削減制度)が国際基準である。 
 CORSIAは2021年から試行段階に入り、2027年以降は義務化フェーズに移行する予定で、各国政府や航空会社の脱炭素戦略はこのICAOの枠組みを前提として構築されている。

『米国の航空会社』
■デルタ航空(Delta Air Lines):訴訟リスクから「世界初のカーボンニュートラル航空会社」としてのマーケティングを2022年3月まで終了。「2050年までのネット・ゼロ達成」に据え直し、燃料効率の高い次世代機への置き換え、飛行ルートや速度の最適化による燃料節約、SAFの調達や導入拡大を推進している。
■アメリカン航空(American Airlines)「2050年までのネット・ゼロ達成」を維持しており、国連支援の環境団体「SBTi」の目標に沿い、2035年までにカーボンインテンシティ(輸送量あたりの排出量強度)を2019年比で45%削減する中間目標を策定・更新ている。
 2026年8月にCO2と再エネから作る次世代「e-SAF」を商用便へ導入するなど燃料調達を多様化。さらに最新鋭機への更新、運航効率の改善、SAF証書(SAFc)取引などを通じCO2排出量の削減を推進。 
■ユナイテッド航空(United Airlines)「2050年までのネット・ゼロ達成」を維持しており、2035年までに炭素強度の50%削減(2019年比)を掲げる。SAFの導入拡大やCO2除去(DAC)技術への投資など、直接的なCO2排出削減への移行を強めている。

『欧州の航空会社』
■ルフトハンザ航空(Lufthansa)「2050年までのネット・ゼロ達成」、2030年までのCO2排出量半減(2019年比)を維持。ロシアのウクライナ侵攻による迂回飛行、新型機の納入遅延で進捗は遅れている。
 SAF利用と気候保護プロジェクトへの貢献を組み合わせたグリーン運賃の提供拡大、機体表面にサメ肌状のフィルムを貼る「AeroSHARK」技術の導入や、AI・デジタルを活用した燃料消費抑制を強化。
■エールフランス-KLMグループ(Air France-KLM)「2050年までのネット・ゼロ達成」、2030年までのCO2排出量30%削減(2019年比)を維持。燃料消費を最大25%削減できる次世代航空機(A350やA220など)への置き換え、2030年までに全便で少なくとも10%のSAF混入をめざしている。
フィンエアー(Finnair / フィンランド): 「2045年までネットゼロ達成」の野心的な長期目標を掲げていたが、2050年へと5年間延期した。ロシア上空の飛行禁止による遠回りでの燃料消費増やSAFの調達コストなど経済的合理性を考慮し、業界標準のタイムラインに合わせた。

『日本の航空会社』
■日本航空(JAL)グループ「2050年までのネット・ゼロ達成」や、2030年度に全燃料の10%をSAFに置き換え、2030年のCO2総排出量を2019年比で10%削減し、燃料由来CO2排出量の5%をSAFで削減する。
 次世代航空機(A350、B787、小型機B737-8)の導入、SAF導入で削減されたCO2の「環境価値」を証書化して法人顧客に販売、国産SAF製造ベンチャーへの支援・協働を強化。
■全日本空輸(ANA)グループ「2050年までのネット・ゼロ達成」や2030年までに燃料の10%をSAFに置き換え、国内線・国際線合わせた実質CO2排出量を2019年度比で10%以上削減
 次世代航空機(B787-9)の導入、SAF導入で削減されたCO2の「環境価値」を証書化して法人顧客に販売、国産SAF製造ベンチャーへの支援・協働を強化する。

『その他の航空会社』
■カタール航空(Qatar Airways)「2050年までのネット・ゼロ達成」や2030年までに燃料の10%をSAFに置き換える目標を維持。最新鋭機(A350やB787など)への置き換えと、運航ルートの最適化。 国際航空運送協会(IATA)と提携し、乗客や法人向けの自主的カーボンオフセットプログラムを提供。
■エミレーツ航空(Emirates「2050年までのネット・ゼロ達成」や2030年までに燃料の10%をSAFに置き換える目標を維持。運行基準の見直し、燃費効率に優れた次世代航空機(A350、B777X、B787型機)への置き換え、航空機・エンジンメーカーと100%SAF対応の実証実験に成功する。
ニュージーランド航空(Air New Zealand): 2030年までの温室効果ガス排出削減目標を2024年に撤回し、国連支援の環境団体「SBTi」の枠組みからも離脱。「2050年までのネット・ゼロ達成」は継続する。
 同航空は燃料消費が大きい長距離路線が多く、地理的にSAF供給網が弱いために調達先が限定される。また、次世代航空機の納入遅延などが背景にある。

  一方、次世代ゼロエミッション航空機の電動ハイブリッド航空機や水素燃焼航空機の商用化には技術的・経済的なハードルが高い。欧州エアバスは本命として水素燃焼航空機の開発を進めているが、米国ボーイングはSAF使用を現実解とし、将来の選択肢として電動・水素技術は調査段階にある。
 2025年2月、エアバスは水素燃焼航空機を2035年までに実用化する計画が遅れていると発表。現時点で5~10年以上の遅れで、100人乗りの水素燃焼航空機(たぶんターボプロップ機)の生産は2050年以降になる。

 自動車はゼロエミッションに向けて、ガソリン車➡(バイオ燃料車)➡HV・PHV➡EVと急速な進化を遂げた。バイオ燃料車は一部の国や地域に限定使用されている。
 一方、航空機はジェット機➡SAF燃料機➡電動ハイブリッド機➡水素燃焼機と開発が進められているが、電動ハイブリッド航空機や水素燃焼航空機の開発はまだ初期段階にある。高度な信頼性を要求される航空機業界では、現実的な解として当面は”SAFの利用拡大”が中心であろう。

 また、2023年10月に欧州連合(EU)が制定した「ReFuelEU Aviation」は、EU域内の航空分野での温室効果ガス排出量を削減するため、SAFの混合供給とEU域内空港での給油を義務付ける法律である。
 燃料供給業者と航空会社を対象に、2025年に全体燃料の2%以上、2030年に全体燃料の6%以上(合成燃料e-fuel 1.2%含む)、2050年に全体燃料の70%以上(合成燃料e-fuel 35%含む)と段階的に引き上げられる。

 しかし、SAF供給網が未整備な状況下で義務化が先行したため、欧州のSAF価格は従来燃料の最大5倍に急騰し、航空会社のコスト負担が急増している。IATAは”2030年のSAF利用率10%の達成には目標見直しが必要”と警鐘を鳴らしている。 

 世界的なSAFの供給不足が各国の政策に影を落としているが、日本の航空業界はどうであろうか。
 日本政府は「2030年までに国内航空会社の燃料使用量の10%をSAFに置き換える」との目標を掲げ、資源エネルギー庁は、石油元売り会社に2030年度以降に国内供給する航空燃料の5%以上をSAFとする方針。
 一方で、航空会社の単独負担では事業継続が困難なため、国土交通省は2030年度から国際線利用者の航空運賃にSAFコストの一部を上乗せし、利用者負担とする方針を示している。

 世界各国で持続可能な航空燃料(SAF)の導入に向けた義務化や法整備が進む一方、極端な供給不足と”化石燃料の数倍”という高価格が、各国の政策や航空会社の経営を直撃している。その結果、ニュージーランド航空は温室効果ガス排出削減の中間目標の撤回を公表した。
 安価で大量のSAFが供給されるという希望的観測(wishful outlook)が先行したことが問題の根源である。現状は、航空機分野のカーボンニュートラルは十分な実効性を伴わず、目標が先行している状況である。EUの「ReFuelEU Aviation」のような厳しい義務化政策の見直しが、国際的に議論されている。

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