「パリ協定」が発効して約10年を経過した今、一部の国・地域でカーボンニュートラル政策の見直しが始まっている。2020年3月~2023年5月の新型コロナウイルス禍(パンデミック)と、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻が世界的なインフレを引き起こした。これにより脱炭素化の潮目が大きく変わった。
2025年には米国トランプ政権が「パリ協定」から離脱し、原油・天然ガスの輸出を加速すると発表し、企業も経営方針の見直しを始めている。現時点では、「カーボンニュートラルからの完全離脱」を表明する企業はなく、多くの製造業で脱炭素やCO2排出量の可視化・削減の対応は継続されている。
しかし、”カーボンニュートラルの理念”による高い目標を設定した製造業では、「経済合理性」と「技術の壁」により、現実的な目標へと見直す動きが始まっている。 特に、自動車、航空機、化学、鉄鋼などの製造業では、極端な100%脱炭素シナリオの見直しが本格化している。
自動車業界の「全面EV化」のトーンダウン
欧米や新興国の一部で、電気自動車(EV)補助金の縮小や充電インフラの未整備によるEV需要の成長鈍化が発端となり、2024〜2026年に世界の自動車市場は“EV一本化”から“多様化”へと構造転換が始まった。
すなわち、欧米・日本・中国のメーカーによる「2030年までの全面EV化」の急進的な目標が撤回され、ハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)が再評価され、エンジン車の活用も並行する「現実的な全方位への戦略修正」が進められている。
『日本メーカー』
■本田技研工業(Honda):「2040年までにEV・FCVの世界販売を100%にする(ガソリン車・HVゼロ)」という従来目標を撤回し、北米向けの一部EVモデルの開発中止、カナダでのEV工場と電池工場の無期限停止を決定し、需要が多いHVとガソリン車を北米販売の軸とする戦略に切り替える。
■SUBARU(スバル):「2030年にEV販売比率を50%」とする目標や、2028年度にパナソニックエナジーと車載電池工場を新設する計画を先送りし、2028年に予定した自社開発EV4車種の発売を延期する。量産EVはすべてトヨタ自動車との共同開発車。EV開発投資は減らし、HV・ガソリン車に振り向ける。
■トヨタ自動車:2021年12月に全方位戦略を発表、その後の市場動向により2023年4月に「EVファースト」を宣言し、西欧で2030年までに新車販売におけるEV比率を50%、2035年には新車すべてEVやFCVなどにすると発表したが、2026年5月に次世代EV工場の再編・開発計画の見直しを発表した。
■日産自動車:欧州で掲げていた「2030年までに全車EV化」を撤回。EV投資を縮小して、HVを欧州・中東で拡大する。三菱自動車とPHV(アウトランダー)の共同開発を強化する。三菱自動車は東南アジアでEVより需要の高いPHV・HVで拡大を狙う。
『中国・韓国メーカー』
■BYD(中国):欧州でのEV販売が伸び悩み、2025年以降の欧州工場計画の見直し。中国国内でもEV需要が頭打ちとなり、2024〜2026年の新車投入の半数以上がPHVと急拡大している。
■吉利汽車(Geely)グループ:欧州ブランド(Volvo、Polestar、Lotus)全体でEV計画を見直し。Polestarは販売不振によりEV専業路線を縮小、PHVの継続を決定。LotusもEV専業化計画を延期。
■現代自動車・起亜(Hyundai/Kia):欧米でのEV販売が想定を下回り、EV専用工場の投資ペースを抑制。北米でのHV販売が過去最高でHV・PHVのラインアップを急拡大。GMとのハイブリッド技術協業の検討などHVの国際展開を強化。
『米国メーカー』
■テスラモーターズ(Tesla motors):販売成長率が急低下したため、低価格車(Model 2)計画を事実上撤回し、既存モデルの改良に集中する。サイバートラックの生産を縮小し、工場投資のペースダウンを公表。EV専業メーカーであるが、事業計画の縮小を明確化している。
■ジェネラルモータース(GM):「2035年までにガソリン乗用車の販売をやめる」との目標を撤回し、ミシガン州などのEV・電池工場における生産計画の削減や無期限延期、本田技研工業との量販価格帯EV共同開発の中止、ハイブリッド技術を持つ現代自動車などとの協業を模索している。
■フォード (Ford):欧州で掲げていた「2030年までに乗用車を全車EV化する」の目標を撤回。南部テネシー州の新工場でのピックアップトラック型EVの生産を中止し、ガソリン車を生産する。ケンタッキー州のEV用工場を大規模データセンター向け蓄電池などの生産に転換する。
『欧州メーカー』
■ステランティス(Stellantis):「2030年までにEV比率100%」の方針を柔軟化し、2025年以降も欧州でPHV・HVの販売継続を発表。北米でジープ・RAMの大型EVの販売計画を縮小し、ガソリン車・HVのラインアップを維持する。EV専用プラットフォーム(STLA)への投資ペースを抑制し、PHV比率を高める。
■ボルボ・カーズ (Volvo Cars):「2030年までに完全なEV専業メーカーになる」という目標を撤回。2030年時点で電動車(EV・PHV)の販売比率を90〜100%へ見直し、HVの販売も継続する方針へ修正した。
■メルセデス・ベンツ (Mercedes-Benz):「市場が許す限り2030年までに全車EV化する」の目標を見直し、2030年以降もガソリン車やHVの開発・製造を継続する。
■フォルクスワーゲングループ:「2026年以降のエンジン車の新規開発を終了」の目標を撤回し、EVに加え次世代エンジン車やPHVも販売する。米国でのEV生産は終了。ポルシェの「2030年までに新車販売台数の80%以上をEV」とする目標を修正した。ベントレーも完全EV化の目標を2035年へ延期した。
■BMWグループ :ロールス・ロイスは「2030年までに全車種をEV化する」としていた従来の目標を撤回し、V12エンジン搭載車を2035年前後まで継続生産する方針へ戦略を修正した。
そもそも「全面EV化」だけではカーボンニュートラルは達成されない。化石燃料を燃やしてCO2を排出しながら発電した電力をEVにチャージするなら、ガソリン車と大差はない。現時点では、化石燃料による火力発電比率を下げることが最優先課題である。
EV需要鈍化の深刻さは、先頭を走るEV専業メーカー『テスラ』の計画縮小で象徴される。加えて、中国EVメーカーのPHVへの急転換により、世界最大市場の潮流が変わった。今後は、EV充電インフラ未整備であるインド・東南アジア・中南米などの新興国でのPHV・HVが拡大する。
EUグリーンディールの修正(CO2排出量の削減率の緩和、エンジン車販売規制の例外措置など)により、欧州メーカーの“ほぼ全社”がEV100%目標を撤回した。2021年12月にトヨタ自動車が公表した『全方位戦略』は、結果論ではなく“市場構造を踏まえた合理的判断”であったことが示された。

コメント