水素エンジン車の開発は、「水素エンジン自動車」には限定されていない。現在では「水素エンジン・バイク」、「水素エンジン・フォークリフト」、「水素エンジン・トラック」、「水素エンジン・クレーン」、「水素エンジン発電機」と幅広い展開が進められている。
水素エンジン車の開発現状
水素エンジン自動車の開発
2022年6月、トヨタ自動車は、「水素エンジン車」の市販をめざすと発表した。2021年5月からカローラで耐久レースに参戦して技術実証を続けている。新型「MIRAI」用の水素タンク(圧縮水素:70MPa)を後部座席と荷室に4本詰め込み、排気系のNOx処理の開発を進めた。
この水素カローラは、水素タンクや水素をエンジンに導く補機類を新型「MIRAI」から流用し、エンジンは「GRヤリス」を転用。加えて、デンソー開発の水素インジェクターを取り付けて水素直噴エンジンとし、4WDシステムで4輪を駆動する。

2022年8月、ベルギーのイープルで開催された世界ラリー選手権(WRC)第9戦で、トヨタ自動車が開発中の水素エンジン車「GRヤリス」がデモ走行を実施。欧州での初披露である。
2022年9月、フラットフィールド、東京都市大学、トナミ運輸、北酸、早稲田大学アカデミックソリューションは、環境省の2021年度「水素内燃機関活用による重量車等脱炭素化実証事業」を行い、水素エンジン車に改造したトラックでディーゼルエンジン並みの出力を得られることを実証した。
2022年度後半には富山県で耐久試験を実施し、2026年度の販売を目指して、ベース車両の70%以上の積載量を確保するための車両開発を継続している。
2023年5月、トヨタ自動車は、富士スピードウェイの24時間耐久レース決勝に液体水素燃料のカローラで参戦し、燃料の搭載量を増やし航続距離を従来の約2倍とした。液体水素タンクは二重真空層構造で、容量:140ℓ、質量:160kgである。
液体水素(沸点:-253℃)タンクへの補充・保存技術が鍵で、プレ冷却システムや高圧ポンプ、減圧弁、配管、温度調整部、水素液面センサーなど周辺装置も増える。液化すると密度は3倍になり貯蔵スペースも小さくなるが、停止中も極低温を維持するための電力が必要である。
また、超低温で作動する高圧ポンプには、ガソリン車のようにオイルで摩耗を防げない。そのためポンプの走行寿命を改善する必要がある。2023年7月時点で13時間まで伸ばしたが、、、

出典: 読売新聞
2023年5月、ダイムラートラックとトヨタ自動車は、三菱ふそうトラック・バスと日野自動車の統合で基本合意を発表。CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)領域のうち、電動化で規模のメリットを生かす。トヨタは、「両社の統合により商用車の電動化を加速させ、水素モビリティーの普及にも取り組む」と宣言した。
2024年11月、トヨタ自動車は、気体水素を燃料とするエンジンに加え、モーターも動力源とするハイブリッド車(HV)を試作した。航続距離を、従来のエンジン車と比べて25%増の約250kmとした。HVは商用車「ハイエース」をベースとし、2025年春にもオーストラリアの公道で走行実証する。
2024年11月、韓国HD現代(旧・現代重工業グループ)の子会社HD現代Infracoreは、水素エンジンの開発計画を発表。2025年後半に大型トラック用水素エンジン、2026年に発電用水素エンジンを量産。また、2027年までに高出力特殊機器用水素エンジンを開発すると発表。
HD現代Infracoreは、2022年に水素エンジン開発に着手し、既販車への換装も可能としている。現在、韓国自動車研究院(KATECH)や韓国科学技術院(KAIST)と共同で、従来のポート噴射式よりも10~25%高い出力とトルクを持つ、直噴式水素エンジンを開発している。
水素エンジン・バイクの開発
2022年9月、カワサキモータースは、開発中の二輪車用水素エンジンを搭載した北米向けオフロード四輪車を「ENEOSスーパー耐久シリーズ2022」で一般公開した。エンジンはカワサキの大型バイク「Ninja H2」をベースに、水素燃料をシリンダーに直接噴射する仕様に改造した。
エンジン開発にはトヨタ自動車、ヤマハ発動機、スズキ、本田技研工業、デンソーの技術協力を得た。

出典:日本経済新聞
2022年11月、カワサキモータースは、「ミラノモーターサイクルショーEICMA」で、次世代バイク構想を発表。2030年代前半の実用化をめざす水素エンジン搭載バイクを参考展示した。
パワーユニットは、「Ninja H2」のスーパーチャージドエンジンをベースに直噴化し、圧縮気体水素を燃料とする。今後、液体水素燃料、バイオ燃料対応の内燃機関の開発も進める。

2023年5月、カワサキモータース、スズキ、本田技研工業、ヤマハ発動機は、小型モビリティ用水素エンジンの基礎研究をめざす「水素小型モビリティ・エンジン技術研究組合(HySE: Hydrogen Small mobility & Engine technology)」の設立で、経済産業省の認可を得た。
水素には燃焼速度の速さに加え、着火領域の広さから燃焼が不安定になりやすく、また、小型モビリティでは燃料搭載スペースが狭いなどの技術的な課題がある。HySEでは、二輪以外にも軽四輪・小型船舶・建設機械・ドローン向けの水素エンジンの基礎研究も実施する。
Hyseにおける基礎研究の分担と体制:
■1.水素エンジンの研究
・水素エンジンのモデルベース開発の研究(本田技研工業)
・機能・性能・信頼性に関する要素研究(スズキ)
・機能・性能・信頼性に関する実機研究(ヤマハ発動機、カワサキモータース)
■2.水素充填システム検討
・水素充填系統および水素タンクの小型モビリティ向け要求検討(ヤマハ発動機)
■3.燃料供給系統システム検討
・燃料供給システムおよびタンクに付帯する機器、タンクからインジェクタ間に配置する機器の検討(カワサキモータース)
■特別組合員/川崎重工業、トヨタ自動車
川崎重工業は、技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA)の主幹事として保有するノウハウでHySEの運営を推進し、トヨタ自動車は、四輪車用大型水素パワーユニットの実験や解析、設計などのノウハウで、HySEの研究成果の最大化を推進する。
■設立時期/2023年6月
2024年7月、カワサキモータースは、三重県鈴鹿市の「鈴鹿8時間耐久ロードレース」で水素エンジン・バイクの走行を初公開。2030年代前半の実用をめざしている。大型二輪「Ninja(ニンジャ)H2SX」をベースに、水素燃料タンクなどを取り付けた車両で、エンジン音や振動はガソリン車に近い。
水素エンジン・フォークリフトの開発
2025年2月、豊田自動織機が水素エンジン開発に着手した。大型フォークリフトなど産業車両への搭載を想定し、トヨタ自動車や産業技術総合研究所などと連携して2030年頃の市場投入をめざす。
また、大阪・関西万博の会場工事では、バイオ燃料を使ったフォークリフトの実証実験を伊藤忠エネクスや竹中工務店などと実施した。
水素エンジン・トラックの開発
2025年4月、水素エンジン開発スタートアップのiLabo(アイラボ)は、トラック用水素エンジンを2026年から量産(40~50台)する。出光興産、ピストンリング大手のTPR、港湾運送の上組、物流企業の三芳エキスプレスの4社が出資して2019年に設立された。まずは三芳エキスプレスの4トントラック向けに供給する。
既存エンジンを改造するアイラボの設計をもとに、TPRが部材の調達と水素エンジンの製造、業務提携で日本航空子会社のJALエアテックが車体へ組み込む。エンジン性能はアイラボが9月めどに愛知県内に新設する研究・開発施設で評価する。一般的なディーゼルエンジンの9割程度の出力を確保できるとした。
水素エンジン・クレーン
2025年4月、国土交通省近畿地方整備局は、神戸港でコンテナ積み下ろしの荷役機械の燃料に水素を使う実証実験を公開。「タイヤ式門型クレーン(RTG)」のディーゼルエンジンを水素エンジンに置き換えた。
神戸港などを運営する阪神国際港湾(神戸市)が受託した。水素エンジンはスタートアップのiLaboが開発し、水素は岩谷産業が供給する。事業費は準備を含めて2023〜2025年度で約7.5億円である。
水素エンジン発電機の開発
2022年3月、ヤンマーエネルギーシステム(YES)は、ドイツの2G Energy製100%水素燃料コージェネレーションシステムの日本での販売を開始する。2021年3月に、両社は日本を含むアジア、中東、アフリカ地域における販売契約を締結して準備を進めてきた。
2022年夏をめどに、YESの岡山試験センターに本機と水素発生装置(イタリアEnapter製)を設置し、施工やメンテナンスなどの検証を進める。YESは自社製ガスエンジンも、水素燃料に対応できるよう開発を進める。

2022年9月、クボタは、開発中の水素エンジンを小型発電機大手デンヨーの水素専焼発電機に搭載する。法令整備や水素供給インフラなど、実用化にはハードルがあり、量産時期は不明であるが、将来的には農機や建機などに水素エンジンを活用する。
現在、可搬式発電機はディーゼルエンジンが主流であるが、クボタは自社製産業用エンジンに改良を加え、排気量3.8ℓ、直列4気筒の過給機付き水素エンジンを開発中。NOx低減のためEGR(排ガス再循環)システムを備え、回転数は1500rpm、または1800rpmの定点運転である。
2025年を目標に、デンヨーはクボタの水素エンジンを搭載した発電機の試作品を開発する。可搬式発電機で、工事現場などでの機械用電源として利用を見込む。また、小松製作所などの協力を得て、水素と軽油を燃料としてCO2を5割削減する発電機を、2023年に量産開始する計画もある。
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