水素基本戦略の改訂について(Ⅱ)

エネルギー

水素基本戦略の改訂では、①水素供給(水素製造、水素サプライチェーンの構築)、②脱炭素型発電、③燃料電池、④水素の直接利用(脱炭素型鉄鋼、脱炭素型化学製品、水素燃料船)、⑤水素化合物活用(燃料アンモニア、カーボンリサイクル製品)を重要戦略分野とし、重点的に取り組むとした。

水素産業競争力強化の基本方針

 新市場として立ち上がりが比較的早く、市場規模が大きく、日本企業が技術的優位性を持つと考えられる次の5類型(9分野)を重要戦略分野と位置付け、重点的に取り組むとした。

 ①水素供給(水素製造、水素サプライチェーンの構築)
 ②脱炭素型発電
 ③燃料電池
 ④水素の直接利用(脱炭素型鉄鋼、脱炭素型化学製品、水素燃料船)
 ⑤水素化合物の活用(燃料アンモニア、カーボンリサイクル製品)

水素供給(水素製造、水素サプライチェーンの構築)

 水素製造コスト低減のために、水電解装置コストの低減や効率向上が必須であり、2030年にアルカリ型5.2万円/kW 及び固体高分子(PEM)型6.5万円/kWの目標を目指す。また、高効率の高温水蒸気電解(SOEC)や 触媒に貴金属が不要な AEM 型水電解技術の開発を継続する。

 一方、運搬形態については液化水素MCHアンモニアが検討されているが、用途に応じた棲み分けが想定されているため、今後、国際輸送コスト、国内配送コスト、エネルギー転換コスト、ライフサイクル CO2、安全性等も加味しながら、総合的に評価する。

 また、水素の供給地と需要地の距離に応じて、圧縮水素液化水素MCHアンモニアパイプライン水素吸蔵合金等の適切な輸送技術を選択する必要がある。それぞれの技術面やコスト面の課題解決に向けた支援を行いつつ、最適な国内サプライチェーンの構築を目指す。

 水素・アンモニア等の国際サプライチェーンの構築には、アジアやオーストラリア、中東など海外から国内拠点への国際輸送国内拠点から全国各地への二次輸送を効率的かつ安定的に行うことが必要であり、輸送には、長距離・大規模輸送を行うことが可能な船舶が不可欠であるとした。

脱炭素型発電

 2021 年 12 月、欧州委員会が発表した CO2排出量 270g/kWh としたガス火力発電基準により、これまで支援してきた 30%混焼・専焼に加え、高混焼の燃焼器開発を進める必要がある。新たに高混焼の水素発電技術の研究開発項目を追加し、技術開発を加速化する。

 既に小型のガスタービンにおいては、混焼から専焼への選択が可能であるが、日本企業がトップシェアを占める大型のガスタービン市場においても、海外の政策動向を注視しながら柔軟に対応する。

図1 30MW級ガスタービンに搭載する水素30%混焼DLE燃焼を2022年8月に販売を開始

燃料電池

 鍵となるのがコストダウンであるとし、これまでのような個別のアプリケーション(FC トラック・バスのほか、FC フォークリフト、船舶や鉄道など)だけでなく、そのバリューチェーンのコアとなり、共通に利用される「燃料電池」の国内外の市場に着目した産業戦略の構築を目指す。
 すなわち、日本が燃料電池の世界のハブとなるべく、周辺機器など燃料電池スタック以外のサポーティングインダストリーの育成、国内立地を促進する。

モビリティ・動力分野

 欧州や中国等も商用車の FC 化に積極的に取り組み、米国の港湾では荷役機械の FC 化等の大型実証が進んでいる。今後の需要の拡大が期待される鉄道や船舶航空機建設機械農林業機械荷役機械等を視野に入れ、港湾や空港等の脱炭素化の推進にも関係省庁が一体となって取り組む。
 また、水素モビリティ需要に応じた幅広い利用シーンを想定し、水素ステーションの大規模化マルチユース化を進めるため、新たな支援の在り方について早急に検討を進める。

自動車

 今後は乗用車に加え、より多くの水素需要が見込まれ FCV の利点が発揮されやすい商用車に対する支援を重点化していく。関係者の集まる官民協議会での議論を通じて FC トラック等の生産・導入見通しのロードマップを作成し、導入の道筋を明らかにする。
 バス、タクシー、ハイヤー等の商用車、パトカ等の公用車、水素エンジン車も、今後の水素需要が見込まれる分野で、モビリティ分野における水素需要拡大に向けて官民で取組を進める。

 これらの取組を通じて、2030 年までに乗用車換算で 80 万台程度(水素消費量:8万トン/年程度)の普及を、水素ステーションは、2030 年度までに 1000 基程度の整備目標の確実な実現を目指す。

図2 アサヒグループジャパン、西濃運輸、NEXT Logistics Japan、ヤマト運輸は、2023年5月からFC大型トラックの走行実証を開始
鉄道車両等

 FC鉄道車両は、航続距離延伸、高出力化、小型化に向けた技術課題の解決及び社会実装に向けた量産化・コスト低減のための開発を推進する。また、駅の特性を生かした多様なモビリティに水素を供給する総合水素ステーションや、鉄道による水素輸送に関する技術開発や社会実装を推進する。

 また、世界各地でFC鉄道車両の開発や実証が進められているが、日本のように諸条件(車両の規格、路線状況等)が厳しい路線に適用可能なFC鉄道車両は開発されていない。そこで研究開発や実証で得られた成果を早急に国内外に展開し、車両メーカーの海外展開等を促進する。

船舶

 内航海運の大多数を占める中小型船舶の脱炭素化には、水素燃料電池やバッテリーを搭載した電気推進船も選択肢の一つであり、水素燃料等のエネルギー供給インフラの整備も含めて取組を進める。

港湾における脱炭素化

 港湾では、水素・アンモニア等の受入拠点の戦略的な配置・整備を検討するとともに、港湾の荷役機械や港湾に出入りする大型車両等の水素燃料化の促進次世代船舶への燃料供給体制の構築等の取組を推進する。

水素ステーションの整備方針

 今後の整備方針は、乗用車のみならず、商用車、港湾、さらには地域の燃料供給拠点など、より多様なニーズに応えるマルチステーション化を図りながら、需給一体型の最適配置を効果的に進める。特に大規模な水素ステーションの整備に関しては、税制措置等を含め政策リソースを拡充する。

 規制は、引き続き安全の確保を前提とし、検査・試験方法の見直しを含む合理化・適正化を進め、更なる規制見直しを通じて水素ステーションの整備費、運営費の低減に努めるとした。

図3 イワタニの大規模水素ステーション東京有明(500 Nm3/h 以上) 出典:岩谷産業

民生分野

 家庭用燃料電池は、導入拡大やコスト低減、将来的には需給調整市場への参加などを通じて自立的な普及拡大に繋げる。また、業務・産業用燃料電池及び純水素燃料電池の普及に向けた道筋を示す。

家庭用燃料電池

 家庭用燃料電池(エネファーム)は、第6次エネルギー基本計画では2030年に300万台を目指しているが、現時点で普及台数は 50 万台に満たない。今後、量産効果やマンションなど小スペース向け商品提供などで、更に3割の低コスト化投資回収年数5年を目指し、自立的な普及拡大に繋げる。

 家庭用燃料電池はガス改質による水素製造装置が組み込まれ、高コスト化の要因である。将来的に、水素インフラが整備されれば、安価な純水素燃料電池が利用できる。将来の発展も見越した優位性のある市場として導入支援による普及拡大を目指す。

業務・産業用燃料電池

 業務・産業用燃料電池は、既存のコージェネレーションシステムと比較して発電効率が高いため、工場やホテル・病院などへの普及、レジリエンスが求められる避難施設、データセンターや空港・港湾といったインフラへの普及が期待され、系統からの電力のピークカットにも資する。
 こうした需要を見据え、2030 年には現状の発電効率の 40~55%から 60%を目指し触媒活性の向上や 50 万円台/kW のコストを目指して技術開発を進める。

水素の直接利用(脱炭素型鉄鋼、脱炭素型化学製品、水素燃料船) 

脱炭素型鉄鋼

 CO2排出量の多い石炭由来のコークスによる高炉の代替が電気炉のみでは難しいため、水素製鉄が有望視されている。スウェーデンの大手SSABが、2026年にも水素製鉄での量産を開始し、ドイツのメルセデス・ベンツなどに供給する計画が進められている。

 一方、国内では日本製鉄やJFEスチールが、それぞれの拠点に水素製鉄試験炉を建設し2024〜25年度に試験を始め、2050年までの導入を目指す。海外に先駆けた水素還元製鉄技術の確立及び海外市場への展開に向けて支援を拡充する。

脱炭素型化学製品

 化学産業のカーボンニュートラルには、ナフサ以外からの化学品製造の技術開発が鍵である。水素はCO2 からオレフィン等の炭化水素や機能性化学品を生産する際に必要で、世界に先駆け CO2を原料としたプラスチック等の市場を実現する技術開発と共に、水素供給インフラ整備に対する支援を行う。

水素燃料船

 2021 年度より、NEDOのグリーンイノベーション (GI)基金で水素・アンモニア等の燃料に対応したエンジン、燃料タンク、燃料供給システム等の開発を進めており、2027 年の実証運航開始、2030年以降の商業運航実現を目指している。

 今後、ゼロエミッション船等の導入、国内生産基盤の構築、船員の教育訓練環境整備等を進め、海運、造船・舶用及び船員の各分野で、ゼロエミッション船等の普及に必要な取組を進める。併せて、国際海事機関(IMO)において経済的手法及び規制的手法の両面から国際ルールづくりを進める。

図4 水素焚き二元燃料エンジンと160,000立米型 液化水素運搬船(定格発電出力:2,400kWe)の完成イメージ

水素化合物の活用(燃料アンモニア、カーボンリサイクル製品)

燃料アンモニア

 アンモニア(NH3)は-33℃以下で液体となり、-253℃の水素に比べて取扱いが容易である。一方、毒性を有するため漏洩対策が不可欠で、燃焼時に CO2の300倍の温室効果を示す亜酸化窒素(N2O)が発生する等の問題 があり、エンジン、燃料タンク、燃料供給システム等の開発が進められている。

 アンモニア製造は、限られたライセンサーにより寡占状態にあるため、現在、複数の日本企業が海外のライセン サーと製造設備の設計・調達・建設等のプロジェクトに関わるアライアンス契約を結び、国際市場獲得を目指しており、サプライチェーン構築を実現するため、需給両面で支援を行う。

 また、将来を目指して、高効率なアンモニア合成技術等の確立に向けて、グリーンイノベーション(GI)基金等を通じて国内企業 の技術開発・実証を支援する。さらに、新ビジネスモデルの拡大を支援するため、UAE など国際的な企業との協業支援を進めるとした。

 アンモニア利用では、NO排出を抑制した燃焼技術を開発し、2023 年度からは100万kW石炭火力発電所での20%混焼試験が予定され、2020年代後半の商用運転が見込まれている。今後、50%超の混焼率の実現アンモニア専焼化に向けた技術の開発・実証を進め、早期に社会実装を目指す。
 また、アンモニア燃料船は、 2023 年 5 月、エンジンの燃焼試験を開始し、2026 年の実証運航開始、2028 年までの商業運航実現を目指す。工業炉での燃料アンモニア利用の技術開発も進めている。

カーボンリサイクル製品(合成燃料)

カーボンリサイクルは CO2を資源として有効活用する技術で、カーボンニュー トラル社会を実現するための鍵の一つである。合成メタン(e-methane)合成燃料(e-fuel)化学品などのカー ボンリサイクル製品は、製造時に水素が必要不可欠である。

 民生分野では、既存の石油供給インフラを活用した合成燃料(e-fuel)や、既存の都市ガスインフラを活用した合 成メタン(e-methane)及び化石燃料によらない LP ガスの利活用を促進する。

 航空機分野では、2030 年の日本における航空機燃料の10%をSAFに置き換える目標を実現するため、SAFの利用・供給目標を法的に設定し、SAF の製造設備投資や技術開発、原料を含めたサプライチェーン構築等を支援するとした。

 以上のように、水素基本計画では③燃料電池に関する産業競争力の強化方針が中心で、目標値も具体的に示されている。一方、②脱炭素型発電、④水素の直接利用、⑤水素化合物活用についても網羅的に示されているが、具体性に欠けている。

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