現在、世界的にみて「グリーン水素」をけん引しているのは中国である。実質的には「グレー水素」を使っているが、水素社会実現をめざした再エネの増設や水電解装置などの布石を着々と打っている。
中国による水素シェア拡大を恐れた欧州は、2026年2月に大手電解装置メーカーがグリーン水素生産の拡大に向け新連合を結成した。太陽光パネル、蓄電池・EVでの失敗を繰り返さないために。
非化石資源由来のグリーン水素
グリーン水素とは
非化石資源由来の水素製造方法として、再生可能エネルギー電力を用いた水電解法がある。利用までの過程でCO2を排出しない再生可能エネルギー水素はグリーン水素(製造コスト:5ドル/kg程度)と呼ばれ、世界的に脱炭素社会実現の本命と見られている。
すなわち、化石燃料による火力発電の電力を使い水電解で得られた水素は、グリーン水素ではない。
再生可能エネルギー水素は、風力・太陽光発電の大きな出力変動を水素製造・貯蔵で平準化したり、遠隔地の発電所から送電を行い需要地で水素を製造・発電するなどエネルギー輸送対策としても有効である。現在、低コスト化をめざして国内外で実証試験が進められている。
水電解で多くの実績を有するのは「アルカリ水電解法(AWE:Alkaline Water Electrolysis)」であるが、最近は固体高分子型燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)の逆反応を利用したコンパクトな「固体高分子型水電解法(PEEC:Polymer Electrolyte Electrolysis Cell、PEMとも略される)」が既に商品化されている。
一方、最近は固体酸化物型燃料電池(SOFC: Solid Oxide Fuel cell)の逆反応を利用した「固体酸化物型水蒸気電解法(SOEC: Solid Oxide Electrolysis Cell)」の研究開発が進められており、600℃以上と作動温度が高いが電解効率が極めて高いとされている。
2022年1月、EUはタクソノミーで原子力発電は脱炭素に貢献するとの方針を公表し、原子力発電由来の水素をクリーンエネルギーと位置付け、「イエロー水素」あるいは「ピンク水素」(製造コスト:2.5ドル/kg程度)と呼ばれている。ただし、原子力発電所設置に伴う特有のリスクを伴う問題はある。
その他、次世代技術として高温ガス炉や太陽熱による高温での水の熱化学分解、微生物などによるバイオマス変換、太陽光による水の光分解の研究開発が進められている。いずれも、水素製造時のCO2排出量がゼロとなるが、大幅な高効率化と低コスト化が課題である。
海外におけるグリーン水素の動向
■グリーン水素をめざす欧州
2022年3月に起きたロシアのウクライナ侵攻で、原油やLNGの価格が高騰した結果、再生可能エネルギーの価格競争力が上昇し、加えてEU内でのエネルギー自給率向上を狙い、グリーン水素を製造する水電解装置の量産が欧州各国で始まる。
2022年5月、EUは2030年までに域内で1000万トン/年のグリーン水素を製造する目標を発表。これは従来目標の2倍で、化石燃料に替えて自給自足のエネルギー源としてグリーン水素を促進する方針を明確化した。
2022年3月、ドイツのシーメンス・エナジーは、ベルリンの工場で2023年に数百万kW/年規模の「Silyzer300」(容量:1.75万kW級)の量産を始めると発表。このプロジェクトはPEM型水電解装置の生産体制を整えるのが目的であり、東レの電解質膜が採用されている。
オーバーハウゼンのAir Liquidの工場に水電解装置(2万kW)を導入し、2024年4月よりグリーン水素の製造(2900トン/年)を開始した。また。電力会社EWEのClean Hydrogen Coastlineプロジェクトに水電解装置(28万kW規模)を導入し、2027年頃に稼働する計画を発表している。

2022年4月、ノルウェーのネル・ハイドロジェンは、南部ヘロヤでアルカリ水電解装置の50万kW/年の量産工場を稼働させた。グリーン水素を1.5ドル/kgで提供すべく、伊藤忠商事とも提携して2025年までに米国と欧州で400万kWずつ、アジアで200万kWの合計1000万kW/年の生産体制をめざす。
2022年4月、三菱商事が欧州で製造時にCO2を出さないグリーン水素の供給に乗り出すと公表。三菱商事子会社の欧州で再生可能エネルギー事業に取り組むエネコが、英国のシェル、ノルウェーのエネルギー大手エクイノール、ドイツのRWEなどで作る共同事業会社に10%を出資する。
2030年までに、オランダ沖合中心の欧州海域に大規模洋上風力発電所(出力:約400万kW)を建設し、その電力で水電解によりグリーン水素を製造する。2030年に40万トン/年、2040年に100万トン/年に拡大する計画で総投資額は3000億円超、三菱商事はこのうち数百億円規模を投資する。
2023年4月、ドイツのSunfireは、欧州プロジェクト「MultiPLHY」におけるグリーン水素供給のため、SOEC型水蒸気電解装置(2600kW)をNESTEのロッテルダム製油所(バイオ燃料製造)へ供給した。
2024年までに英国ITMパワーは、PEM型水電解装置の生産体制(500万kW/年)を構築すると公表。ITMパワーとは、2018年月に住友商事が戦略的パートナーシップ契約を締結している。
2021年7月には、東京ガスと住友商事が、ITMパワー製である2MW級のPEM型水電解装置(水素製造能力:30.9kg/h)を使用した水素利用の共同実証実験を実施することで合意している。
2024年、ドイツのThyssen Kruppは、農業用肥料メーカーである米国CF Industriesのルイジアナ州の工場に
アルカリ水電解装置(2万kW)を供給・稼働した。また、英国Shellが一部保有する北海の洋上風力発電を使うアルカリ水電解装置(2万kW)をロッテルダム港に供給し、2025年の稼働を予定している。
2025年1月、欧米でグリーン水素プロジェクトの撤退や遅延が相次ぐ。2030年までの生産開始計画は世界で計560GWにのぼったが、実現は約14%にとどまる見通しである。資材高や人件費上昇で水素価格が高止まりし、需要家は調達契約に二の足を踏む状況に落ち込む。
■デンマークのオーステッドは、グリーン水素とCO2から合成メタノールを5万トン/年の生産工場を2023年から建設していたが、2024年秋に北欧で出資していた複数のグリーン水素製造から撤退を決定。
■フランス電力大手のエンジーやスペイン電力大手のイベルドローラは、2030年までのグリーン水素製造目標を引き下げた。
■日本がグリーン水素の輸入元と期待するオーストラリアでも、電力大手のオリジン・エナジーは2024年10月初旬に東部で進めていた水素プロジェクトを中止し、全ての水素事業を停止。関西電力は、火力発電用の燃料を調達するために丸紅などと共同出資していた豪州の製造事業から撤退を決めた。
■特に伸び悩みが目立つのは自動車や船舶などの輸送分野で、英国シェルはFCV普及が進まないため、英国や米国カリフォルニア州での水素ステーションから撤退。利便性に欠け、水素価格が下がらないことでFCVの利用者が増えず、水素ステーションも伸び悩む悪循環に陥っている。
2025年3月、クリーン水素事業からの撤退の動きが豪州や欧州で広がる。トランプ政権が米国産LNGの輸出拡大をめざす中で、需要が見通せないことが背景にある。
■豪東部クイーンズランド州の電力公社が丸紅などと進める「グリーン水素プロジェクト」へ、2月に公社側が求めた10億豪ドル(約940億円)以上の追加出資を拒否した。プラントの建設費は124億豪ドルであるが、水素供給先であった関西電力も既に撤退を表明しており、計画が頓挫する恐れがある。
■欧州でも、フィンランドのエネルギー大手ネステや、スペインの石油大手レプソルが水素事業計画の凍結・撤退を決めた。
■中国の動きを警戒する欧州企業
2026年2月、欧州の大手電解装置メーカー6社は、グリーン水素生産の拡大に向け新連合「Electrolysers for Europe (E4E)」を結成と報じられた。以下に示す中国政府のグリーン水素支援を危惧しての動きである。
英国ITM power(PEM)、ベルギーJohn Cockerill(加圧アルカリ)、ノルウェーNel(アルカリ、PEM)、ドイツSurfire(アルカリ、SOEC)とHyssenkurupp nudera(アルカリ)、デンマークTopsoe(SOEC)が参加。
中国における水素エネ促進の動き:
●2020年8月、中国工業発展促進協会が「中国工業発展促進協会水素エネルギー支部(水素エネ促進協会)」を設立し、中国全土での水素エネルギー産業推進組織を形成する。
●2023年7月、中国石油化工集団(SINOPEC)が新疆ウイグル自治区クチャ市でグリーン水素実証プロジェクトによる水素製造を開始。太陽光発電による電力で水電解による水素製造(2万トン/年)、他に水素貯蔵(21万㎥)、水素輸送(2万8000N㎥/h)の関連施設を備えている。
●2025年11月、水素エネ促進協会は、業界協定「中国電解装置産業の健全な発展のためのイニシアチブ」を公表し、不当な価格競争を避け、市場を安定させるための基本的措置で国内40社が署名している。
●2026年1月、水素エネ促進協会が「2026年における我が国のグリーン水素酸産業の発展動向に関する10の展望」を発表。2025年末までに中国のグリーン水素、アンモニア、メタノールの生産能力は約29万トン/年に達し、水素ステーションは約430カ所が建設・稼働、FCVは約3.4万台が普及した。また、アルカリ水電解装置、液体水素装置、70MPa型Ⅳ水素貯蔵タンク、燃料電池などの主要設備とコア部品は、いずれも国産化により飛躍的な進歩を遂げた。
●2026年は第15次五カ年計画の初年度で、水素エネルギーが未来産業育成と新たな経済成長拠点創出の重点分野に掲げられている。グリーン水素・アンモニア・メタノール産業が実証・探査段階から大規模開発段階へと移行する出発点で、政策主導の実証・探査段階から市場主導の商業化へと移行する。
水素エネ促進協会は、2026年の中国のグリーン水素・アンモニア・メタノール産業の展望を示す。完成後の生産能力は50万トン/年を超えるとし、国内でのグリーン水素への置き換えが加速する。加えて、業界の海外展開モデルをアップグレードし、水素エネルギー産業のグローバルガバナンスに深く参加する。
■大きく出遅れる米国
欧州に比べて水素事業計画が出遅れていた米国であるが、トランプ政権が米国産LNGの輸出拡大をめざす方針を堅持しており、グリーン水素製造は大幅に遅れる模様である。
2021年7月、米国ブルームエナジーはSOEC型水蒸気電解装置の開発を発表。SOECは一般のアルカリ水電解に比べて15%の省エネが可能で、外部熱源を利用するとアルカリ水電解やPEM型水電解に比べて最大で45%の省エネが可能としている。
2022年8月、米国のLNG生産企業ニュー・フォートレス・エナジーと米国燃料電池システム開発のプラグパワーは、テキサス州に商用規模のPEM型水電解法によるグリーン水素製造施設(12万kW)の建設を発表した。50トン/日のグリーン水素製造を可能としている。
2022年10月、米国政府は水素大国をめざし、70億ドルで国内に6~10カ所の生産拠点を整備すると公表。事業費の最大半分(1カ所あたり12.5億ドルを上限)を支援し、2030年に1000万トン/年のグリーン水素の生産をめざすとした。
2023年5月、米国BloomEnergyは、NASAのエイムズ研究センターにSOEC型水蒸気電解装置(4000kW)を納入し、グリーン水素製造を開始した。
IEAは2030年の世界のクリーン水素生産量は1600万~2400万トン/年と予測し、米国はその約半分を生産する計画。米国内で発電・工場やプラント・交通で使用し海外輸出も想定し、日本企業も参画を検討している 。
米国の進める水素の製造方法は、①天然ガスの改質よる水素+CO2回収・貯留(CCS)、②再生可能エネルギー電力を使った水電解、③原子力発電の電力を使った水電解や化学反応など、複数の方法を対象としており、②③で製造した水素には最大3000ドル/トンの税控除を導入する。
2025年6月、トランプ政権は再生可能エネルギーの導入支援を大幅縮小する方針を示した。大型法案で太陽光・風力発電、水素の税額控除が縮小される方向である。
前バイデン政権が推進したクリーンエネルギー政策を転換し、IRA(インフレ抑制法)に基づくグリーン水素への税額控除や支援プロジェクト(水素ハブ等)を削減・凍結する方針で、化石燃料によるブルー水素優遇へ舵を切り、再エネ由来のグリーン水素開発は大きく停滞する。
現在、世界的にみて「グリーン水素」をけん引しているのは中国である。実質的には「グレー水素」を使っているが、水素社会実現をめざした再エネ増設や水電解装置など布石を打っている。
中国による水素シェア拡大を恐れた欧州は、2026年2月に大手電解装置メーカーがグリーン水素生産の拡大に向け新連合を結成した。太陽光パネル、蓄電池・EVでの失敗を繰り返さないために。

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