IAEAの専門家は「ALPS処理水を海水で希釈して行う東京電力の海洋放出計画は、一般の原子力発電所からの排水基準に合致している」と報告しており、必ずしも安全性を担保している訳ではない。
また、賛意を示す専門家もトリチウムの海洋放出を安全とはいっていない。十分に希釈するので影響は少ないといっている。一方、海洋放出を危惧する専門家は、放射性物質や生態系に関する影響評価が不十分なため影響は予測できないためとしている。
海洋放出に関する専門家の意見
経済産業省は、福島第一原発からの処理水の海洋放出に関する安全性を、次にように公開説明している。すなわち、国際原子力機関(IAEA)による報告書を拠り所として、「環境や人体への影響は考えられません。」と言い切っている。
本当に海洋放出して大丈夫なの?
ALPS処理水とは、東京電力福島第一原子力発電所の建屋内にある放射性物質を含む水について、トリチウム以外の放射性物質を、安全基準を満たすまで浄化した水のことです。トリチウムについても安全基準を十分に満たすよう、処分する前に海水で大幅に薄めます。このため、環境や人体への影響は考えられません。
また、海洋放出の前後で、海の放射性物質濃度に大きな変化が発生していないかを、第三者の目を入れた上でしっかりと確認し、安全確保に万全を期します。
国連の機関であり、原子力について高い専門性を持つIAEAも、ALPS処理水の海洋放出は「国際安全基準に合致」し、「人及び環境に対する放射線影響は無視できるほどである」と、包括報告書で結論付けています。
本当に海洋放出しても大丈夫なの?|ALPS処理水(METI/経済産業省)
IAEAによるチェックは放出前だけでなく、放出後まで長期にわたって実施されます。
福島第一原発の処理水の海洋放出に関して、国内のマスコミの論調は押し並べて賛意を表する情報発信が強いようである。一方、世界的には処理水の海洋放出に関して、どのような情報発信が行われているのであろうか?特に、専門家の意見が気になるところである。
ロイターの発信
2023年7月7日 国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は、福島第一原発の処理水放出が国際的な安全基準に合致していると結論付けた報告書について、携わった専門家チームの1人か2人は懸念の声を上げた可能性があることを明らかにした。
報告書にはオーストラリア、中国、フランス、韓国、米国などの専門家11人が関わった。中国共産党系メディアの環球時報は、IAEA作業部会の中国の専門家Liu Senlin氏が、性急な報告書作成に失望していると伝えた。専門家からのインプットは限られ、参考程度にしか使われなかったと述べた。
ロイターの取材に対してグロッシ事務局長は、「IAEAの報告書は処理水の海洋放出計画を認めるものではなく、日本政府が最終決定を下さなければならない」とも発言した。「IAEAは計画の承認も推奨もしていない。計画が基準に合致していると判断した」とも述べている。
グロッシ事務局長の発言は責任回避ともとれるが、IAEAの専門家は「ALPS処理水を海水で希釈して行う東京電力の海洋放出計画は、一般の原子力発電所からの排水基準に合致している」と報告しており、必ずしも今回の海洋放出の安全性を担保している訳ではない。
BBCニュースの発信
2023年8月27日、BBCニュースでは、大多数の専門家は海洋放出に賛成している。しかし、全ての科学者が同意しているわけではないと発信している。
影響は少ない派
トリチウムはあらゆる場所で観測できるもので、多くの科学者が濃度が低ければ影響も最小限と、表明している。そこで、東京電力は海洋放出する水のトリチウム濃度は、「1リットル当たり1500ベクレル未満」を運用上の基準としている。
この基準値は、世界保健機関(WHO)が飲料水におけるトリチウム濃度の上限としている「1リットル当たり1万ベクレル」のさらに1/6に相当する。
英国ポーツマス大学のジェイムズ・スミス教授(環境・地質学)は、排水は貯留時に処理プロセスを経て、さらに希釈されており理論上は飲めると話した。フランスで放射能レベルを測定する研究所を運営する物理学者のデイヴィッド・ベイリー氏も同意見で、重要なのはトリチウムの濃度と話した。
2023年8月23日、読売新聞は、英国の科学振興団体はオンライン形式で記者会見を行い、英科学者2人が海洋放出は安全性に問題はないとの見解を示したと発表。香港政府などが発表した福島県などからの水産物の輸入禁止措置については「科学的な理由は何もない」と述べた。
ポーツマス大のジム・スミス教授は「放射線防護を専門とする科学者の中で放出に反対している人は一人も知らない」。インペリアル・カレッジ・ロンドンのジェラルディーン・トーマス元教授は「福島周辺の物を食べたり、飲んだりしてはいけない理由は何もない」と強調した。
影響は予測できない派
一方、海洋放出の影響は予測できないと指摘する科学者もいる。海底や海洋生物、人間に与える影響に関する研究がもっと必要だという批判もある。
米国ジョージ・ワシントン大学のエミリー・ハモンド教授(エネルギー・環境関連法)は、「放射性核種(トリチウムなど)が難しいのは、非常に低いレベルでの放射線被曝において何が安全と言えるのかという問題で、環境や人体への影響がゼロになるわけではない」と述べた。
米国ハワイ大学の海洋学者ロバート・リッチモンド氏は、「放射性物質や生態系に関する影響評価が不十分で、日本は水や堆積物、生物に入り込むものを検出できないのではないかと、とても懸念している。もし検出しても、それを除去することはできない」と述べた。
環境保護団体グリーンピース東アジアの原子力専門家ショーン・バーニー氏は、米国サウスカロライナ大学の科学者が2023年4月に発表した論文を引用し、植物や動物がトリチウムを摂取すると生殖能力の低下やDNAを含む細胞構造の損傷など、直接的な悪影響を及ぼす可能性があると述べた。
2023年6月28日、Yahooニュースでは、海洋放出の評価と検証が原子力の専門家を中心に行われ、海洋生物学者や放射線医学のような分野の専門家の見解が十分に反映されていないとする韓国ハンバッ大学のオ・チョルウ講師(科学技術学)の論評を公表。その中から専門家の意見を以下に抜き書きする。
●2022年8月22日、18カ国からなる太平洋諸島フォーラム(PIF)が任命した独立の専門家パネルは、日本のメディア「ジャパンタイムズ」で東京力電のデータを分析したところ安全性が不確実なため、放出は無期限延期し、さらに調査と検討を行うべきだと主張した。
●2022年12月、100の海洋学研究所が集う全米海洋研究所協会(NAML)は、「日本による放射能汚染水放出に対する科学的反対」と題する声明を発表した。
●2023年5月、1985年のノーベル平和賞受賞団体「核戦争防止国際医師会議(IPPNW)」が、「太平洋を放射性廃棄物の処理場として使用しようという計画を中止し、海と人間の健康を保護するオルタナティブな方法を追求する」とした声明を理事会で採択した。
●2023年5月25日、米国ウッズホール海洋研究所の海洋環境放射能センターの責任者ケン・ベッセラー氏は「汚染水の放出が太平洋を取り返しのつかないほど壊すことはないだろうが、かといって心配しなくても良いというわけではない」とし、放射性核種をろ過する装置が効果的かどうかが透明に立証されていない中で放出を推進することに懸念を示した。
BBCニュース(2023年8月26日)は英語版で世界に発信されたものである。賛意を示す専門家もトリチウムの海洋放出を安全とはいっていない。十分に希釈するので影響は少ないといっている。一方、海洋放出を危惧する専門家は、放射性物質や生態系に関する影響評価が不十分なため影響は予測できないためとしている。
当事国としては、世界、近隣諸国に流れている情報を直視して対応する必要がある。既に起きている風評被害を最小限に抑え込み、長期化させないことが重要である。
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