EV充電時間の短縮を目指して(Ⅰ)

自動車

 2016年以降に、BEV普及の目安とされた航続距離:320kmを超える新型BEVの市販が本格化した。搭載する蓄電池の大容量化が進められ順調に航続距離を伸ばす一方で、欧米を中心に充電時間の短縮化を図るために高出力の急速充電スタンドの設置が加速されている。
 欧米のEVメーカーは高コスト化とはなるが、充電時間をエンジン車の給油時間並みに短縮化して利便性を増す方向を目指している。

BEVの航続距離が320km超え

 2016年以降に、BEV普及の目安とされていた航続距離:320kmを超える新型BEVの市販が本格化した。航続距離はエンジン車との比較で常に問題視されてきた課題であるが、次の課題として充電時間の短縮化に注目が集まっている。

 一般のエンジン車が給油に要する時間は3~5分である。しかし、BEVの充電時間は急速充電器を使っても、航続距離:80~160kmを確保するためには約15~30分が必要である。普通充電器(200V)の場合には、航続距離:80~160kmを確保するために約4~8時間を要する。
 そのため、エンジン車並みの利便性を求めて、EVメーカー各社は急速充電に向けて動き出した

  • 2016年9月、米国GMの「Chevrolet Bolt EV(シボレー・ボルト)」が市販を開始した。蓄電池容量:60kWh、 航続距離:383km、価格:37495ドルである。
     2022年7月、電動SUV「Blazer EV(ブレイザーEV)」は、航続距離:397~515km、電池容量:100kWhで、最高190kWの急速充電器による10分充電で125kmの走行を可能とた。
  • 2016年10月、ドイツBMWの「i3」が市販を開始した。蓄電池容量:33~42KWh、航続距離:390km、価格:509万円であったが、2022年6月に生産を終了した。
     2022年2月、BMWはクーペタイプEV「i4 eDrive40」は、蓄電池容量:83.9kWh、航続距離:590kmで、150kWの急速充電による10分充電で150km以上の走行を可能とした。
  • 2017年10月、日産自動車が新型リーフの市販を開始した。蓄電池容量:60kWh、航続距離:2012年12月初代リーフの280kmから400kmに伸ばし、価格は315~399万円である。
     2021年新形リーフは、蓄電池容量:40kWh(航続距離:322km)と60kWh(450km)の2車種を発表。50kWの急速充電による10分充電で50km程度の走行を可能とした。
  • 2016年3月に予約注文を開始した米国テスラのBEV「Model 3」は、2019年5月に市販が始まった。蓄電池容量:79~82kWh、航続距離:354~498km、価格:35000ドルである。
     2022年にはロングレンジAWDで航続距離:689kmを公表した。250kWのスーパーチャージャーで15分充電で最大270kmの走行を可能とした。
図4 各種BEVの蓄電池容量と航続距離の比較

 一方で、2023年1月、米国Texas Instruments(テキサス・インスツルメンツ)は、EVの航続距離を高精度に把握できる電池セルモニターと電池パックモニターの新製品を発表した。
 測定誤差による電池切れ対策が発生しないよう設定していたマージン分が、航続距離として上乗せできる。いずれも電池管理システム(BMS)に使うデバイスであり、電池の経年劣化や延伸が可能となる。量産開始は2023年後半を予定している。  

欧米で進む高出力の急速充電スタンド

 欧米のEVメーカーを中心に航続距離を伸ばすため、BEVに搭載する蓄電池の大容量化が加速している。そのため高出力充電対応BEVの商品化と急速充電器の出力増強が進められている。

  • 米国では、2016年に設立されたフォルクスワーゲン(VW)の充電サービス会社であるElectrify Americaは出力:150~350kWの急速充電器を保有しており、2018年からは高出力急速充電器(出力:350kW)を中心に設置を進めている。
  • 2019年、米国テスラは、「Model 3」向けに「スーパーチャージャーV3」という独自規格の高出力急速充電器(出力:250kW)を、日本を含む世界各国で3.5万基以上設置している。5分充電で120km、15分充電で275kmの走行可能としている。
  • 2020年9月、VW傘下のポルシェは、高出力急速充電(出力:270kW)対応のBEV「Taycan(タイカン)」(RWDモデル、航続距離:489km、蓄電池容量:93.4kWh)を発売。蓄電池電圧を現状の400V程度から800Vに高め、4.5分充電で100kmの走行を可能としている。
  • 2021年2月、韓国の現代自動車は、高出力急速充電(出力:350kW)対応SUVのBEV「IONIQ5(アイオニック5)」(ベースグレード、航続距離:498km、蓄電池容量:58kWh)を欧米などで発売。蓄電池電圧:800V対応で、5分充電で220kmの走行が可能としている。
  • 2021年4月、VW傘下のアウディは、高出力急速充電(出力:270kW)対応のBEV「e-tron GT」(航続距離:534km、電池容量:93.4kWh)を発売。蓄電池電圧:800V対応で、5分充電で100kmの走行が可能としている。
  • 2021年12月、2017年に設立したVWグループや現代自動車などが出資するドイツIONITY(アイオニティ)は、高出力急速充電(出力:350kW)を2025年までに欧州内で、現在の約1500基から約7000基に増設する計画を発表している。
図5 急速充電器の充電能力と対応する各社のBEV

国内の急速充電スタンド普及対策

 欧米メーカーはBEVが高コストとなるが、航続距離を伸ばし、高出力急速充電による充電時間の短縮で顧客の利便性を追求している。一方、日本メーカーは国内の充電スタンドの仕様に合わせたBEV開発に留まっており、蓄電池容量を減らした低コストの軽自動車BEVを商品化している。
 なお、国内の普通充電設備(200V)は交流・単相電源(出力:3〜6kW)と、急速充電設備は直流電源(出力:20~50kW)が中心に設置されているのが現状である。

  • 2021年11月、日産自動車が投入したBEV「アリアB6」は、蓄電池容量:65kWh(電池電圧:352V)、航続距離:430km、価格:539万円である。出力130kWの急速充電に対応する日本仕様で、急速充電器で約30分充電で375kmの走行が可能としている。
  • 2022年5月、トヨタ自動車が国内でサブスクリプション(定額課金)サービスでの提供を始めた新型4WDのBEV「bZ4X」は、蓄電池容量:71.4kWh(電池電圧:355V)、航続距離:460km、価格:650万円で、日本や英国向けモデルで150kWの急速充電に対応。
  • 2022年5月、軽自動車タイプのBEVの発売を日産自動車と三菱自動車が表明している。日産自動車「サクラ」と三菱自動車「eKクロスEV」は、蓄電池容量:20kWh、航続距離:最大180km、価格:230~290万円台(国からの補助金:最大55万円)と低コストである。

 一方、2023年1月、政府はBEVを数分程度で充電できる高出力急速充電器の普及に乗り出すと発表した。200kW超の高出力急速充電器も一定の安全性は確保できるとし、2023年中に消防庁が関係省令を改正して設置や取り扱いの規制を緩和し、50kW超~200kWの充電器と同等の扱いとする。

 現状、20kW以下のEV充電器の設置に規制はないが、安全面から20kW超は電気絶縁性確保など一定の要件を満たす必要があり、50kW超は建築物からの距離などの制約がある。200kW超は高電圧設備となり、屋内では壁や天井を不燃材料で区画し、設備形式により運営者など特定の人しか扱えない。

 政府は2030年までにEV充電器を15万基とし、このうち3万基を急速充電とする目標を掲げている。規制緩和により高出力急速充電器の設置や運営のコストが下がれば、充電スタンドの設置が増え、BEVの普及が加速される。また、大型蓄電池を搭載するEVトラックやEVバスの普及にも欠かせない

 航続距離が長く、充電時間の短いBEVは非常に魅力的な商品といえる。しかし、搭載する電池容量が増え、新たに高出力急速充電器を揃える必要があり、高価格BEVのトレンドである。
 一方、中国の低価格BEVに始まり、日本では日産サクラの軽BEVが2022年度の販売トップとなった。電池容量を減らして航続距離を犠牲にし、価格を抑えて顧客の支持を得た。
 これまでテスラ、BMW、BYDなど高価格帯を中心にBEVは拡大してきた。しかし、顧客の用途と懐具合は様々である。さらなるBEVの拡大には、顧客のニーズに合わせて高価格帯から低価格帯までのラインアップが不可欠であろう。残念ながら、日本製BEVには選択の余地がない。

   

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