電動航空機の開発動向(Ⅷ)

航空機

 中大型航空機を対象に、航空機メーカーはSAFに軸足を置くボーイングと、水素燃焼タービン航空機開発に一歩踏みだしたエアバスとに2極化している。
 一方で、エンジンメーカーはGE、P&W、ロールス・ロイスのいずれもが、現在の航空機エンジンの水素燃料化を長期的に進めていく戦略である。そのため、短期的には需要を満たすSAFのサプライチェーンの構築、長期的にはグリーン水素のサプライチェーンの構築が重要となる。

水素燃焼タービン航空機の開発動向(2)

欧米の開発動向

エアバス

 2020年9月、100~200人乗りのゼロエミッション民間航空機「ZEROe」を、2035年に実用化すると発表した。3種類のZEROe機(①~③)は、水素を燃料とするガスタービン・エンジンを搭載するとともに、燃料電池を使用してガスタービンを補完するハイブリッド技術を採用している。

図25 エアバスが発表した3種類のゼロエミッション航空機「ZEROe」

①ターボプロップ機
 水素燃焼タービンを2基搭載し、8枚羽根のプロペラを回して飛行する。後部圧力隔壁の後ろに液体水素貯蔵・分配システムを配置し、最大100人乗りで、航続距離:1850km以上、短距離飛行に最適としている。
②長距離飛行向けのターボファン機
 水素燃焼タービンを2基搭載し、後部圧力隔壁の後ろに液体水素貯蔵・分配システムを配置する。座席数は最大200席で、航続距離:3700km以上としている。
③ブレンデッド・ウイング・ボディ(BEB : Blended-Wing Body)機
 胴体と翼が一体化しており、翼下にターボファン機と同じ水素燃焼タービンを2基搭載し、液体水素貯蔵・分配システムを配置する。座席数は最大200席、航続距離:3700km以上を目指している。

 ZEROeの旅客機用液体水素貯蔵タンクは約20,000回の離着陸に耐え、水素を極低温で長時間保つ必要がある。そのためタンクは内側容器と外側容器の間を真空とし、輻射による熱伝達を抑えるため多層断熱材(MLI:Multi Layer Insulation)で構成されている。

図26 エアバス「ZEROe」の極低温液体水素貯蔵タンク 

 2022 年2月、ZEROeデモンストレーター「A380 MSN1試験機」が完成した。尾部に4基の液体水素タンクを搭載する。また、後部胴体に沿って燃焼器、燃料システム、制御システムを水素で駆動するように改造したCFMインターナショナル製の水素燃焼タービンを搭載する。
 A380 MSN1試験機に搭載される液体水素タンク、水素燃焼タービン、液体水素分配システムなどの各コンポーネントは、地上で個別に試験が行われる。その後、全体システムの地上試験、2025年頃には飛行試験が行われる予定である。

 2022年4月、欧州エアバスが川崎重工業と水素燃焼タービン航空機の実用化での協業を発表した。完全電動化が困難な中大型航空機では水素燃料タービン航空機は重要な選択肢であるとし、水素の調達や水素供給インフラの整備などで連携し、エアバスがめざす水素航空機の商用化を支援する。

ボーイング

 2021年1月、ボーイングは2030年までにすべての民間航空機が100%持続可能な航空燃料(SAF)で飛行することを目指すと発表した。すなわち、ゼロエミッションの軸足をバイオマス燃料などSAFに置いており、現時点でエアバスの水素燃焼タービン航空機の実用化とは一線を画している。

 2022年7月、三菱重工業は航空機から排出するCO2削減に向け、米国ボーイングと協業することを発表した。すなわち、SAFや水素燃料などに関連した脱炭素技術の開発で覚書を締結した。ボーイングは脱炭素に向けて、英国ロールス・ロイスやNASAなどと航空宇宙分野で協業を広げており、水素燃焼などの技術に強みがある三菱重工業との協業は、次世代の水素燃焼エンジン開発などにも有効である。

英国航空宇宙技術研究所(ATI)

 2022年1月、ATI(Aerospace Technology Institute)は、中型機(翼幅:54m、279人乗り)で液体水素を燃料とする水素燃焼タービン航空機コンセプトを発表した。ATIが主導するFlyZeroプロジェクトは、2030年代初頭のゼロエミッション民間航空機の実現を目指している。

 主翼に水素を燃料とするターボファンエンジン2基、胴体後部の極低温燃料タンク(-252.6℃)と機体バランスを保つため胴体前部の2個の小型燃料タンクを搭載する。従来の航空機と同じ航空速度、航続距離:約9700kmとし、ロンドン-サンフランシスコ間(約8600km)を燃料補給なしで直行する。

GE

 米国GEのガス・パワー部門では航空機エンジン転用の陸上発電装置を製品化し、世界で70基以上が使用されている。水素+ケロシンの混焼技術は、米国エネルギー省プロジェクト「高水素燃焼ガスタービン(High H2-concentration-capable gas turbine)技術」で開発したものである。

 現在、水素燃料100%の水素専焼タービン発電機の開発を進めており、タービンの起動・停止時における水素パージ技術、水素の噴射技術、燃焼室での逆火(flashback)防止技術、NOX低減技術などが水素燃焼タービン航空機に転用できる。
 今後、液体水素の熱管理、水素脆性問題、燃料系統のシールからの漏洩防止、などの課題に取組む必要があるとしている。

P&W

 米国プラット&ホイットニー(P&W)は、現在、ナローボディ機で使われているギヤードターボファン(GTF)を採用したPW1100G エンジンの液体水素燃料化を検討しており、液体水素燃料(-253℃)の極低温を熱吸収源として有効活用するエンジン・システムの設計を進めている。
 液体水素燃料エンジンの完成時期は2025年、航空機に搭載されて就航を開始するのは2030年、ゼロエミッション航空機が多数就航するのは2065年頃になると予想している。

ロールスロイス

 英国ロールス・ロイスは、現在の気候変動対策は今すぐの行動が求められており、長距離飛行におけるSAF使用は、この要求にすぐに応えられる唯一の選択肢としている。

 一方で、現有のトレントエンジンで水素+ケロシンの混焼試験に成功しているが、水素100%を実現するためには、既存のガスタービン設計を変える必要がある。最も大きな課題は、燃焼器における火炎温度の管理と燃焼の安定化であり、加えて、液体水素の供給と管理システムであるとしている。

 また、次世代航空機については、超小型機の動力は蓄電池中小型機の動力は蓄電池、ハイブリッド、全電動、水素大型機の動力には大幅に効率向上したガスタービンが使われる可能性が見えており、複数のソリューションを組み合わせて使うハイブリッド化が進むとしている。

国内の開発動向

 2021年11月、NEDO事業で川崎重工業は水素燃焼タービン航空機の開発を始めると発表した。航続距離:2000~3000km、座席数150席程度の機体を目標に、①エンジン燃焼器・システム技術開発、②液化水素燃料貯蔵タンク開発、③機体構造検討を進め、2030年に地上での実証実験を計画している。
 その他、NEDOが採択した事業では、三菱重工業が機体軽量化に向けたCFRP成形技術などを2030年まで実施し、新明和工業は飛行機の傾きを制御する補助翼(エルロン)の3割以上の重量軽減を2025年度まで取り組むとしている。

 2022年6月、国土交通省と経済産業省は、官民による新たな協議会の設置を発表した。川崎重工業、IHI、ジャムコなどに有識者を加えて、水素航空機や電動航空機の実用化を見据え、国際的な安全基準に日本側の意向を反映させる戦略を練ることが狙いである。
 今後、大型機ではSAF燃料の採用が進む一方で、小中型機では水素航空機や電動航空機普及が見込まれることを念頭においての動きである。

 2022年8月、ANAホールディングスはエアバスと技術協力の覚書を結び、エアバスが進める水素航空機開発やインフラ整備に関する研究に協力すると発表した。
 ANAHDは2050年度に航空機運航で出るCO2排出量を実質ゼロにする計画を進めている。計画には水素や電動航空機などの導入は含まれていないが、脱炭素の選択肢を増やす狙いがある。同日、ANAHDはボーイングともSAFや水素燃料に関連した脱炭素技術の開発で覚書を結んだ。

 2022年8月、総合商社の双日はボーイングと2050年カーボンニュートラルを目指す国際航空分野での取り組みで連携すると発表した。
 両社は日本国内を中心に、SAFの活用拡大、電気、ハイブリッド、水素、その他の新しい推進システムなどの先進的な持続可能性技術の研究を行い、環境負荷の低いエネルギー源の利用拡大に向けて両社の連携による取り組みを推進する。

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