リチウムイオン電池の現状(Ⅲ)

自動車

 「全樹脂電池」は慶應義塾大学の堀江英明特任教授が考案し、低コストの大量生産技術を確立するため、2018年10月にAPBを設立した。集電体に樹脂を採用し、活物質を特殊な樹脂でコーティングすることで電解液を不要とした全樹脂リチウムイオン電池は、低コストで安全性に優れている。

 2023年4月、APBは、サウジアラビア国営石油会社サウジアラムコと、同電池の共同開発に向けて連携することで基本合意した。国内に留まっていた全樹脂電池の技術開発を、海外企業との連携により加速するのが狙いである。

全樹脂リチウムイオン電池の開発状況

 「全樹脂電池(APB:All Polymer Battery」は慶應義塾大学の堀江英明特任教授が考案し、低コストの大量生産技術を確立するために2018年10月にAPBを設立した。2021年にはAPB福井センター武生工場を建設し、集電体に樹脂を使う「全樹脂電池」の開発・製造を進めている。

全樹脂電池の仕組み

 従来の金属集電材料に替えて導電樹脂を採用し、活物質(LiやPt)を特殊な樹脂(ゲルポリマー)でコーティングすることで電解液を不要とし液漏れの心配がない。この特殊な樹脂は電子やイオンが移動できる材料で、電解液の役割りを果たしている。半固体電池を全固体電池に一歩近づけたイメージである。

図7 全樹脂(リチウムイオン)電池の仕組み

 すなわち、ゲルポリマーでコーティングされた正極と負極の活物質に粒子状の導電助剤や導電性繊維を混ぜた後、導電樹脂上に塗工してプレス・切断成形する。得られた正極シートと負極シートを、セパレーターを挟んで積層してシーリングを行いセルとするため乾燥工程が不要である。
 次ぎに、得られたセルを用途に応じて積層してモジュール化する。一般的なLIBでは、金属集電体の横からタブを出して溶接により接合して電極とするが、全樹脂電池ではセルの表面が導電樹脂(電極)であるため、従来の溶接工程が不要で、大幅な低コスト化が可能である。

図8 乾燥工程が不要なAPB全樹脂電池の製造プロセス 
出典:APBホームページ

 従来型のLIBでは、短絡を起こした場合に金属部材を通じて大電流が流れ、急激な内部発熱により発火する可能性があった。しかし、金属部材を使わない全樹脂電池は、短絡が生じた場合でも樹脂の電気抵抗が大きいため大電流が流れず発火には至らず、安全性に優れている。

 当初、APBは、2021年から全樹脂電池の生産を開始し、現状のリチウムイオン電池の価格の1/2、2024年までに30GWh/年程度の量産工場の新設を目指すと宣言していた。しかし、2023年3月に当初の計画を撤回、2025年に高速量産の実現、2026年度からの大規模量産化すると再宣言している。

 APBは全樹脂電池のエネルギー密度を公表していないが、LIBのエネルギー密度と同等としており、2024年までに150~250Wh/kgが達成可能と考えられる。また、同社が注目している用途は、再生可能エネルギー電力を蓄える「定置用電池」とし、使用環境の厳しいBEV向けは想定していない。

商品化動向

 トリプルワン、三洋化成工業、JFEケミカル、JXTGイノベーションパートナーズ、大林組、慶應イノベーション・イニシアティブ1号投資事業、帝人、長瀬産業、横河電機などの出資企業は、全樹脂電池の開発・市場形成のパートナーとして、量産や市場展開に必要な支援を行っている。

 JFEケミカルは、APBに負極材料のハードカーボンを提供する。帝人のカーボンナノファイバーは、APBの電極添加剤として活用されている。グンゼは樹脂電極、三洋化成工業はコーティング活物質の材料開発に取り組み、高性能な全樹脂電池の実現に協力している。

 2020年7月、APBは全樹脂電池を川崎重工業の石油パイプラインなど海中設備の点検などに使う自律型無人潜水機(AUV:Autonomous Underwater Vehicle)に搭載し実証実験を始めた。全樹脂電池は水深3000mでも耐えられることが確認されている。

 2023年4月、APBは、サウジアラビア国営石油会社サウジアラムコと、同電池の共同開発に向けて連携することで基本合意した。国内に留まっていた全樹脂電池の技術開発を、海外企業との連携により加速するのが狙いである。現在は、大規模量産化に向けた高速製造ラインの開発に取り組んでいる。
 高速製造にめどを立て、8GWh/年の量産工場を福井県内に建設し、2026年度から稼働させる計画。

ポスト・リチウムイオン電池に向けて

製造プロセス合理化

 以上のように、従来のリチウムイオン電池(LIP)の低コスト化に向けた製造プロセス合理化の観点から、半固体電池全樹脂電池の開発が進められてきた。

 2023年4月、中国の寧徳時代新能源科技(CATL:Contemporary Amperex Technology Co. Ltd))は「凝聚態電池(Condensed Battery)」発表した。エネルギー密度:最大500Wh/kgと高い点が特徴である。電池の詳細は明らかにされていないが、半固体蓄電池の一種と考えられている。

 また、スタートアップのAPBは全樹脂電池のエネルギー密度を公表していないが、LIBのエネルギー密度と同等としており、2024年までに150~250Wh/kgが達成可能と考えられる。ただし、APSが注目している用途は、再生可能エネルギー電力を蓄える「定置用電池」としてである。

主要原料の変更

 一方、2022年4月、リチウム(Li)の市場価格高騰で蓄電池を取り巻く状況が変化していると報じられた。2022年3月初頭時点で、炭酸リチウム(Li2CO3)価格は2020年末の16倍を超えた。また、児童労働問題やロシアのウクライナ侵攻などでニッケル、コバルト、アルミニウムなども値上がりしている。
 リチウムイオン電池(LIB)の主要原料の高騰は、LIB価格の高騰を招くとともに、今後の蓄電池原料の安定供給への不安が広がった。

 2021年7月、中国の寧徳時代新能源科技(CATL:Contemporary Amperex Technology Co. Ltd)は、ナトリウムイオン電池(NIB:Natrium Ion Battery)を2023年までに市場投入すると公表した。LIBの主要原料ある炭酸リチウム(Li2CO3)の市場価格が暴騰した結果である。

 将来にわたり供給不安がない炭酸ナトリウム(Na2CO3)が脚光を浴びたのである。NIBはエネルギー密度ではLIBより若干低目であるが、量産が進めばかなり価格が安くなる。しかも、安全性や信頼性がLIBより高く、超急速充電や低温(ー30℃)での出力特性に優れている。

 2022年7月、車載電池最大手の中国CATLは鉄(LFP)系リチウムイオン電池を、2023年に発売した。LFP系LIB(以下、LFP)は上汽通用五菱汽車が生産する超低価格の「宏光MINI EV」に採用され、米国テスラはCATLから供給を受けて上海で製造する「model 3」にも搭載される。

 高価なニッケルやコバルトを使わないLFPは、エネルギー密度がLIBに比べて低目であるも関わらずBEVに採用された。このことからBEVの訴求ポイントは航続距離だけではなく、機種に応じた低コスト化も重要であることが明らかになった。

図9 ポスト・リチウムイオン電池に向けた動き

 車載電池最大手の中国CATLの動きが早い。中国のリチウムの産出量割合は2016年時点で世界全体の約6%、埋蔵量でも約22%と低く、2021年末時点でLi2CO3の中国国内需要の7割を輸入に頼っているのが現状である。また、ニッケルやコバルトに関しても主要産出国ではない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました