ポスト・リチウムイオン電池の動向(Ⅲ)

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 リチウム硫黄電池(LiSB)は、正極活物質に硫黄、負極活物質に金属リチウムを使用した蓄電池で、高エネルギー密度と低コストを両立できることで注目されている。しかし、充放電サイクル特性(サイクル寿命)が短いという課題があり、様々な対策が検討されているが、実用化には至っていない。

 また、全固体リチウム硫黄電池は、液体電解質の課題(樹脂状組織形成、漏液、可燃性など)を固体電解質に置き換えることで軽減でき、エネルギー密度をさらに高くできる可能性がある。しかし、研究は未だ初期段階にあり、実用化は2030年以降との見方が強い。

リチウム硫黄電池の開発動向

リチウム硫黄電池の仕組み

 リチウム硫黄電池(LiSB:Lithium-Sulfur Battery )は、正極に絶縁体の硫黄(S)に活性炭などの導電助剤を複合化させ、負極に金属リチウム(Li)またはリチウム合金を用いる。電解質はリチウムイオン電池(LIB)と同様に有機溶媒を用いた電解液をはじめ、イオン液体なども検討されている。

 放電時は負極でリチウムが酸化・溶解し、正極で硫黄が段階的に還元され、反応中間体である複数種の多硫化リチウム(リチウムポリスルフィド)を経て硫化リチウムに還元される。一方、充電時は負極でリチウムイオンが金属リチウムに還元・析出し、正極で硫化リチウムが硫黄へ酸化される。

 リチウムイオン電池(LIB)と比べて原材料が軽量・安価で資源的にも豊富なため、供給リスクが低い。理論エネルギー密度は2500Wh/kgに達し、LIB(150~270Wh/kg)に比べて極めて高いが、現状は400~500Wh/kgに留まる。LIB製造プロセスの転用が可能で、新規投資の抑制が可能である。

図16 リチウム硫黄電池の仕組み

 しかし、放電時に正極の硫黄が多硫化リチウムとして電解液中に溶解し、充放電に伴う膨張・収縮で劣化するため、充放電サイクル特性(サイクル寿命)が短い。負極では電解液との界面にリチウムの樹枝状組織(デンドライト)が形成され、容量低下や短絡に至る課題がある。

 これらの課題を解決するために多くの研究開発が行われている。電解液に関しては、難燃性の溶媒和イオン液体[Li(G3)1][TFSA]を採用することで、正極の硫黄の溶出を抑制でき、充放電の効率が改善され長寿命化が確認されている。

 2016年6月、産業技術総合研究所と筑波大学は、セパレーターに「イオンふるい」の機能を持つ複合金属有機構造体膜を用いて安定した充放電サイクル特性を実現している。多硫化イオンは通過させないサイズのミクロ孔を持つ金属有機構造体に酸化グラフェン層を混合して柔軟性を持たせている。

 オーストラリアのMonash University(モナーシュ大学)では、正極の硫黄にグルコース添加剤を加えて硫化を防止し、少量のポリマー材料を加えて硫黄活物質間にスペースを設けている。LiSBの試作品により、従来の最大500回程度のサイクル寿命を、1000回まで長寿命化している。

 2022年2月、米国Drexel University(ドレクセル大学)では、多孔質カーボンナノファイバー上に硫黄を担持させた集電体兼正極材を使用し、多硫化リチウムを経ずに硫化リチウムとすることに成功し、驚異の4000回の充放電サイクル寿命を発表したが、詳細は不明である。

 また、OXIS Energyは、負極のリチウム表面にポリマーとセラミックの保護膜を設けることで金属リチウムの析出を防止し、サイクル寿命を約1.5倍に伸ばしている。また、金属リチウムの析出は電位で生じるため、比較的電位が高いケイ素系(Si、SiO)を負極に使うことも有効である。

全固体リチウム硫黄電池の仕組み

 リチウム硫黄電池の電解液を固体電解質に置き換えたものが、全固体リチウム硫黄電池(All-solid-state Lithium-Sulfur Battery)である。液体電解質の課題(樹枝状組織形成、漏液、可燃性など)を固体電解質に置き換えることで軽減でき、エネルギー密度をさらに高くできる可能性がある。

 全固体リチウム硫黄電池(全固体LiSB)には、硫化物系固体電解質が検討されたが、空気中で発火し易く、分解して硫化水素ガスを発生するために、電池製造時の取り扱いが困難であった。そこで、より安全な酸化物系固体電解質が検討されているが、エネルギー密度を高める必要がある。 

図17 全固体リチウム硫黄電池の仕組み

 そのため、酸化物系固体電解質の実現に向け、正・負極材料の革新が進められており、注目を集めているのが金属リチウムを用いないLiSBである。ただし、正・負極材料の導電性が問題である。

 2021年11月、産業技術総合研究所は酸化物系固体電解質(Li2O-LiIガラス)を複合化した正・負電極で全固体LiSBの室温作動に成功した。正極活物質に硫化リチウム(Li2S)、負極活物質にケイ素(Si)を用いた全固体LiSBを試作し、エネルギー密度:283Wh/kgを達成した。
 しかし、硫化物系固体電解質(Li3PS4-LiI)を用いており、今後、酸化物系固体電解質のイオン伝導率改善および薄膜化を検討し、置き換えを進めるとしている。 

 以上のように、全固体LiSBは未だ研究の初期段階にあり、将来的に達成可能な最大エネルギー密度についても必ずしも明確ではない。全固体LiSBの実用化は早くても2030年以降との見方が強い

メーカーと研究機関の動向

 2021年11月、GSユアサは、LIBを超えるエネルギー密度:370Wh/kg以上のリチウム硫黄電池の開発に成功したと発表。硫黄を保持する微細な穴を持つ炭素粒子を開発して、炭素を介して電気を流れやすくするほか、硫黄が電解液に溶けにくくした。2023年には500Wh/kgを目指す。
 リチウム硫黄電池は関西大学と共同で開発し、電動航空機への搭載を目指しており、2030年には1000Wh/kgの達成を目標に要素技術研究を進めている。

 2022年2月、ADEKAは、LIBの約2倍のエネルギー密度のLiSBを実現したと発表。正極活物質として、硫黄変性ポリアクリロニトリル(SPAN)というSを含む有機分子重合体を用いる。SPANは2009年に産業技術総合研究所と豊田自動織機が製造方法を確立した硫黄系繊維材料である。
 2018年からSPANのサンプル出荷を始めた。電池メーカーなどと研究開発に取り組み、2030年をめどに電極材販売の事業化を目指し、2021年にはエネルギー密度:500Wh/kgのLiSBを試作した。

 2022年9月、関西大学・旭化成・東亜合成は、リチウム硫黄電池向けの正極材料を開発した。旭化成は炭素材料にあけた細かい穴に硫黄を閉じ込め、硫黄が電解液に溶け出すのを防いで耐久性を高めた。 
 東亜合成は急速充放電の実現につながるバインダー(接着剤)を開発した。今後、製造技術などを改良し実用化を目指すとしている。

 2022年11月、英国のOXIS Energy(オックスフォードシャイア)が生産拠点をブラジルと英国に建設する計画を進めていたが、残念ながら2021年に破綻したことが報じられた。
 一方で、オーストラリアのBrighsun New Energy(ブライスン・ニュー・エナジー)やノルウェーのMorrow Batteries(モロー・バッテリーズ)などが商業化を目指していることも報じられた。

 現状、LiSBの商業化に取り組む企業は複数社あるが、特に積極的なのがブライスンである。同社はリン酸鉄リチウム正極材LiBを製造し、自社のEVバスなどに搭載しているが、併行してLiSB(ブランド名「2U Battery」)の商業化に向けて実証試験を行っている。

図18 LiSBを搭載したブライスンの電動バス 出典:ブライストンHP

 ブライストンは独自技術によりLiSBのサイクル寿命を改善し、エネルギー密度もLIBよりも大幅に高く、EVの航続距離:2000kmを実現するとしている。また、オーストラリア産の硫黄を有効活用し、量産時のコストを100豪ドル(約64ドル)/kWhと現行LIBの半分程度に抑えている。

 一方、モローは、ノルウェー南部のアグデルに42GWh/年のLIB工場を2023年に着工し、2024年末から稼働させる計画を進めている。低コストの蓄電池を開発・製造・販売していくことを目指し、将来的にはLiSBも手がけるとしている。

 2023年5月、ドイツ・フラウンホーファー研究機構は硫黄を正極材に使う全固体電池の開発プロジェクトを立ち上げたことを発表。現在主流のLIBに比べてエネルギー密度を高め、EVなどへの応用を目指している。

 2023年5月、欧州Stellantis(ステランティス)は、Stellantis Ventures(ステランティス・ベンチャーズ)が、EV向け電池を開発中の米国Lyten(ライテン)に出資したと発表。ライテンは独自技術の「3D グラフェン」を使ったLiSB「LytCell EV」の事業化を進める。

リチウム硫黄電池の課題

 リチウム硫黄電池(LiSB)は、現在主流となっているリチウムイオン電池(LIB)に置き換わるであろうか? 結論はNOである。すなわち、現時点ではエネルギー密度と充放電サイクル特性のいずれも全固体LIBを凌駕する特性が得られていない

 LiSBの理論エネルギー密度は2500Wh/kgで、LIB(150~270Wh/kg)に比べて極めて高いといわれてきたが、現状は400~500Wh/kgに留まり、全固体LIBと同等である。今後、開発が進みエネルギー密度向上の見通しが明らかとなれば、ポスト・全固体リチウムイオン電池に位置付けられる。

 LiSBの実用化に関しては、2022年11月、英国OXISエナジーが生産拠点をブラジルと英国に建設する計画を進めていたが、2021年に破綻したことが大きな痛手である。
 2020年1月には、容量20Ah、エネルギー密度:471Wh/kgのセルを発表し、500万セル/年、合計で220MWh/年以上の生産能力を持つLiSB製造プラントに関し、2023年稼働を目指してブラジルに建設中で、英国ウェールズ地方で電解液と負極の製造プラントを建設している途中であった。

 また、全固体リチウム硫黄電池は、液体電解質の課題(樹脂状組織形成、漏液、可燃性など)を固体電解質に置き換えることで軽減でき、エネルギー密度をさらに高くできる可能性がある。しかし、研究は未だ初期段階にあり、全固体LiSBの実用化は早くても2030年以降との見方が強い

図19 ポストリチウムイオン電池にむけた開発動向

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