リチウムイオン電池の現状(Ⅰ)

自動車

 リチウムイオン電池を構成する正極材料、負極材料、セパレーター、電解液の主要4部材について、2010年代前半まで世界シェアの上位を日本企業が占めていた。しかし、2020年には中国勢の追い上げがコスト面、品質面でも顕著となり、調達リスク回避に向けた動きが始まっている。
 一方で、2022年には中国・寧徳時代新能源科技(CATL)が、高価なニッケルやコバルトを使わないLFP(リチウム・鉄・リン)系正極材料を用いたリチウムイオン電池を開発・販売を開始した。エネルギー密度は低いが安価なため自動車メーカーの注目を集めている。

リチウムイオン電池とは

 現行のリチウムイオン電池(LIB)の基本構成は、コバルト酸リチウム(LiCoO2)などの正極材料と炭素(黒鉛)などの負極材料の間に、ポリオレフィンの微多孔フィルムなど絶縁性に優れたセパレーターを挟み、六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)などの電解液で満たされたものである。

図1 リチウムイオン電池の仕組み

 このLIBを構成する正極材料、負極材料、セパレーター、電解液の主要4部材について、2010年代前半まで世界シェアの上位を日本企業が占めていた。しかし、図2で示すように、2020年には中国勢の追い上げがコスト面、品質面でも顕著となっている。

 2020~2021年には、韓国LG化学製LIBの発火による米国GMのBEV大規模リコール事件が発生したこともあり、品質面で優位な日本製の電池材料への需要も再び高まっているが、原料の調達生産性向上などによる価格競争力の強化は不可欠である。

図2 世界のリチウムイオン電池材料のメーカー別シェア

 原料調達の優位性から、中国勢が主要4材料でシェアを伸ばしているが、その背景には車載用蓄電池メーカーの上位を中国企業が占めたことが大きな要因である。加えて、中国政府主導による巨大なBEV市場を背景に、自動車メーカーがBEV増産に傾注していることが影響している。

 一方、2021年6月、スウェーデンの電池スタートアップNorthvolt(ノースボルト)は、27.5億ドルの増資によりスウェーデン北部シェレフテオ工場の生産能力を5割引き上げ60GWh/年にすると発表。
 ノースボルトは、VWとの合弁でドイツに大型電池工場の建設を進めている。今回の拡張で合計生産能力は100GWh/年となるが、2030年までに欧州に少なくともあと2工場を建設し、欧州だけで生産能力150GWh/年とする計画で、アジア依存の蓄電池リスクの分散が期待されている。

 2023年5月、中国系エンビジョンAESCが、生産能力を2026年に現在の約20倍の400GWh/年まで高めることを公表した。世界6か国に電池工場を新設予定で、米国の新設2工場では、メルセデス・ベンツやBMWへの供給が決まった。中国・英国・フランス・スペインでも新工場をつくる。
 国内では、500億円を投じて茨城県内に新工場を建設中で、2024年春の量産開始を見込み、日産のほか、ホンダやマツダへの供給を予定する。従来に比べて航続距離を伸ばせる新型電池を生産する。 

正極材料

 車載用LIBの原材料の中で、正極材料は最も高価である。ベースとなるリチウムは①オーストラリア、②チリ、③中国、④アルゼンチンの4カ国に集中し、国際情勢や各国の政治動向などで供給が不安定化するリスクを抱える。米国アルベマール、チリ・SQM社、中国の天斉リチウム業などが生産している。

図3 リチウムイオン電池の正極材料による分類

 米国テスラ・モーターズは、パナソニックが製造するNCA(ニッケル・コバルト・アルミニウム)系正極材料の円筒型蓄電池をBEVに搭載。NCA系正極材料では住友金属鉱山が世界シェア首位の49%で、2位は韓国のEcoProBM(エコプロBM)、3位はBASF戸田バッテリーマテリアルズ合同会社である。

 他の多くの自動車メーカーでは、NCM(ニッケル・コバルト・マンガン)系正極材料の角型/ラミネート型蓄電池をBEVに搭載している。このNCM系正極材料では日産化学が世界シェア首位の11%で、2位はベルギーのUmicore S.A.(ユミコア)、3位は韓国のLGケミカルである。

 ニッケルの主要な生産国の順位は、①インドネシア、②フィリピン、③ロシア、④ニューカレドニア、⑤カナダである。また、コバルトの主要な生産国の順位は、①コンゴ、②オーストラリア、③ロシア、④キューバ、⑤カナダである。これらの高価な原材料を、日本は100%輸入に頼らざるを得ない。

 中でも、コバルトは世界的なEV化の流れで需要は伸びているが、銅やニッケルの副産物のため急な増産が難しく、紛争リスクなどの懸念のあるコンゴが産出量の7割を占めており、調達先の多様化が不可欠と考えられている。国内非鉄大手では住友金属鉱山がコバルト生産を手掛けている。

 2022年7月、車載電池最大手の中国・寧徳時代新能源科技(CATL)はリン酸鉄系(LFP)リチウムイオン電池を2023年に発売した。パック容量を増やすため、モジュールを省きセルを直接パックに詰め込む「セル・ツー・パック」を開発し、電池冷却部材を構造材と一体化して省スペースを実現した。

 この高価なニッケルやコバルトを使わないリン酸鉄リチウム(LFP:LiFePO4)系正極材料を用いたリチウムイオン電池は、エネルギー密度は低いが安価なため自動車メーカーの注目を集めている。
 米国テスラはCATLから供給を受け、上海で製造する「model 3」に搭載する。また、上汽通用五菱汽車が生産する超低価格の「宏光MINI EV」にも採用されており、ドイツVWも採用を決定している。LFP系正極材料のリチウムイオン電池は中国メーカーがほぼ独占している。

 一方、2023年4月、住友金属鉱山は2028年にもリチウム生産(2〜3万トン/年)を始めると発表。同社はニッケルやコバルトの海外生産は手掛けるが、リチウムは海外企業による生産に依存していた。
 アルゼンチンやチリなどの塩湖からリチウムを高効率で抽出する吸着剤の技術開発を進め、従来1年程度の抽出期間を1週間程度に短縮し、必要な薬剤コストも約1/10に抑え、従来は収益性が低かった地域でも採算が取れる。今後、海外の資源開発大手との合弁や共同出資を通じた権益確保などを進める。

 2023年5月、三菱マテリアルは低コバルト含有率の鉱石からも高効率で抽出できる新技術を開発し、2023年度からチリ・マントベルデ銅鉱山で実証試験を開始すると発表。2027年度に200トン/年規模の商業生産を目指す。
 鉱石を硫酸に浸して銅を抽出した後、残渣液からコバルトを抽出する手法が一般的で、従来は採算性からコバルト含有率が0.1〜0.4%の鉱石が使われてきた。新技術では硫酸抽出法を工夫し、コバルト含有率が従来比1/30程度でも採算が取れる。オーストラリアなどの他の鉱山からの生産も検討する。 

 2023年5月、中国の電池メーカー国軒高科(Gotion High-Tech科)は、リン酸鉄リチウム(LFP)系リチウムイオン電池をベースにエネルギー密度を高めたリン酸マンガン(LMFP)系リチウムイオン電池[Astroinno」を開発したと発表。
 EV向け電池パックの重量エネルギー密度は190Wh/kg。これはLFP系を上回り、NCM)系と同等ともいえる。量産が軌道に乗れば、LMFPは従来のNCM系LIBに比べてはるかに低コストにできる可能性が高く、2024年に量産を始めるとしている。

負極材料

 車載用LIBの負極材料には、黒鉛やチタン酸リチウムが使用されている。主な使用原料である黒鉛には、天然黒鉛と人造黒鉛の2種類がある。天然黒鉛に関しては安価な資源が中国に偏在している。また、電力消費量の多い人造黒鉛に関しても、電気代の安い中国が優位である。

 図2(b)に示すように、負極材料では貝特瑞新能源材料(BTR New Material)が世界シェア首位の18%で、2位は江西紫宸、3位は上海杉杉、4位は広東凱金と中国勢が上位を占め、5位に人造黒鉛系の昭和電工マテリアルズが入る。

 2023年5月、クボタは負極材料事業に参入すると発表。10億円超を投じ、阪神工場尼崎事業所で2024年末からチタンニオブ複合酸化物の量産を始める。当初の生産能力は50トン/月で、2030までに5倍以上にする計画。一般的な負極材料の黒鉛と比べ、長寿命化や急速充電対応が期待できる。

 2023年5月、米国の電池スタートアップの日本法人Enpower Japan(エンパワージャパン)がリチウム金属電池の工場を横浜市で2023年秋に稼働させる。リチウム金属電池は、LIBの負極を黒鉛からリチウム金属に置き換えることで、エネルギー密度をLIBの2倍程度に増加できる。
 ただし、寿命がLIBの1/10と短く、コストも高いという問題を有するが、軽量化や航続距離を重視するドローン向けの需要があるとみて生産を進める計画である。

電解液

 LIBの電解液である六フッ化リン酸リチウム(LiPF6は、原材料である蛍石(フッ素)鉱石について世界全体の約6割が中国で産する。

 そのため図2(c)に示すように、広州天腸高新材料が世界シェア首位の18%で、2位は新宇宙、3位は張家港国泰華栄と中国勢が上位を占め、4位に三菱ケミカルとUBE(旧宇部興産)の共同出資会社であるMUアイオニックソリューションズが入る。

 2018年には、セントラル硝子は広州天腸高新材料の子会社である九江天賜高新材料と江西省九江市に合弁会社江西天賜中硝新材料有限公司(Jiangxi Tinci Central advanced materials )の設立を発表した。原材料の安定調達とコスト削減を目指している。
 セントラル硝子は、六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)の需要に対応するため、日本国内に次ぎ、韓国及び中国に電解液生産拠点を設立し、2017年には欧州において電解液製造販売会社を設立している。

セパレーター

 セパレーターは図2(d)に示すように、中国の上海エナジーが首位の18%であるが、2位は旭化成、3位は韓国のSK ie technology、4位に東レが入っている。

 2021年9月、旭化成は首位の上海エナジーと合弁会社江西恩博新材料有限公司(Jiangxi Enpo New Materials)を設立し、2022年上期に中国江西省高安市に工場を建設して乾式ポリプロピレン(PP)製セパレーターの生産を開始すると発表した。
 電気自動車向けリチウムイオン電池(LIB)に使用される高品質・高性能な乾式セパレーターをに加えてエネルギー貯蔵システム(ESS)向けの現地需要を取り込むことを公表している。生産能力2022年上期に1億m2/年から立上げ2028年頃に10億m2/年とする計画である。

コメント

タイトルとURLをコピーしました