航空機ジェットエンジン材料(Ⅷ)

航空機

 2000年代に入るまで、セラミックス基複合材料(CMC)の開発は日本が世界をリードしてきた。なぜなら、SiC繊維の開発・供給メーカーは日本カーボンUBE(元宇部興産)の2社のみであった。
 しかし、2000年代に入り、政府からの開発支援が先細る中で、IHIと日本カーボンを除く多く国内企業がCMC開発から撤退した。しかし、米国ではGEが粛々とCMC開発を継続していた。

航空機ジェットエンジン材料の未来予測

 2025年3月、経済産業省は国内航空機産業の強化のため、2025年度から5年間で1200億円規模の支援を行う方針を表明した。次期航空機の機体部品の生産に向けた技術的実証や供給網の強化、低燃費エンジンの開発を支援する。ドローンなど無人機の量産体制確立を図るための枠組みも設ける。
 日本が強みを持つ炭素繊維や複合材などの主要部品の技術を磨き、脱炭素に対応した次期航空機などの開発・生産能力の獲得をめざし、海外に依存している整備や修理でのノウハウ取得も促す。また、国産旅客機の事業化に向け、2035年までに機体の量産や次世代航空機の開発目標を掲げている

 2025年4月、経済産業省は航空機産業の供給網強化に向けた官民検討会「サプライチェーン現代化検討会」を新設する。日本航空宇宙工業会、三菱重工業、川崎重工業、IHIの他、胴体・主翼などの機体構造体、ブレード・ディスクなどのエンジン関係、内装品・アクチュエーターなど装備品の関連企業も参加する。
 欧州エアバス、米国ボーイングは次期航空機の開発構想で、部素材の高機能化や生産機数を増やす高レート化などを視野に入れており、サプライヤーの能力向上や国内産業の規模拡大が必要である。
 既に、経済産業省は航空機部品を経済安全保障上の「特定重要物資」に指定し、744億円の予算で大型鍛造品や複合材料などの増産・研究開発を支援している。また、「GX移行債」を活用して航空機の高レート生産などの設備投資や、工程認証取得に向けた生産実証を支援する方針を掲げている。

 現時点で、商業用航空機ジェットエンジンの基本的な開発方向は、「高バイパス比」と共に「高圧力比・高温化」による燃費低減である。今後、鍵となる技術は、セラミックス複合材料(CMC)と耐環境コーティングの高温化対応であることは間違いない。

米国が先行する次世代CMC開発

 既述のように、第一世代のSiC/SiC複合材料の耐熱温度は1300℃(米国では2400℉と記載)で、単結晶Ni基超合金(SC)と比べて約200℃高く、飛躍的な耐熱性の向上を実現した。2016年からCFMインターナショナルより、航空機エンジンの静止部品へのCMC適用が開始されている。
 SiC/SiC複合材料は約1100℃以上の水蒸気を含む燃焼ガス雰囲気に曝されると、顕著な高温水蒸気腐食が生じるため、CMC表面には第一世代耐環境コーティング(EBC)が施工されている。

 1999年からNASA「Ultra-Efficient Engine Technology」プログラムでは、より耐熱性に優れた第二世代の耐環境コーティングの開発が進められている。開発目標は、EBC表面温度が1482℃(2700℉)、EBC/CMC界面温度が1316℃(2400℉)である。
 すなわち、第一世代のMI-SiC/SiC複合材料(耐熱温度:1300℃級)を対象にして、遮熱特性に優れた表面温度1500℃級のTEBC(TEBC:Thermal-Environmental Barrier Coatings)の開発が進められている。

 各種EBC候補材料について1500℃、1気圧における水蒸気腐食試験が行われた結果、希土類シリケートであるモノシリケート(RE2SiO5ダイシリケート(RE2Si2O7(REとは、Yb、Y、Lu Scなど)が、耐高温水蒸気腐食特性に優れていることが明らかにされている。
 中でも、Y2SiO5、Er2SiO5、Yb2SiO5は熱膨張係数がSiCと良く一致しており、実際にMI-SiC/SiC複合材料の表面にプラズマ溶射法でSi/ムライト/Yb2SiO5がコーティングされ、高圧バーナー加熱試験により健全性が確認されている。

また、次世代EBC材料として注目されているイットリウムケイ酸塩(Y2SiO5、Yb2Si2O7)も、CMASと反応することが示されている。EBCと反応して固着したCMASはEBCの割れやはく離を引き起こすため、航空機ジェットエンジン向けのEBCにはCMAS対策を施す必要がある。現在は、TBCのCMAS対策で効果を上げたGd2Zr2O7層を最外表面に形成したEBCなどが検討されている。

 また、NASAのグレン研究センターではスラリーコーティングによるYb2Si2O7ベースのボンドコート、すなわち酸化物セラミックス系ボンドコートの開発が進められ、バーナー加熱試験が実施されている。
 EBCボンドコートについては、SiC/SiC複合材料との高い密着性の確保に加えて、TGO層の成長抑制によるEBCの長寿命化が課題である。

 現在、欧米では第二世代のSiC/SiC複合材料の開発が耐熱温度1500℃を目標に進められている。商品化されているSiC繊維の耐熱温度は長時間加熱では1400℃程度にとどまっており、NASAを中心に新たなSiC繊維の開発が進められている。また、中国や韓国でも、SiC繊維の開発が進められている。
 その場合の遮熱特性に優れた第三世代の耐環境コーティング(TEBC:Thermal-Environmental Barrier Coatings)の開発目標は、EBC表面温度が1650℃(3000℉)、EBC/CMC界面温度が1482℃(2700℉)である。新たなTEBCの開発が不可欠である。 

日本におけるCMCの開発動向(主にIHI)

 1990 年代~2000 年頃まで、国家プロジェクトとして、「超音速輸送機用推進システム研究開発(HYPER)」(1993~2003年度)、「先進材料利用ガスジェネレータ技術開発(AMG)」(1993~2003年度)、「環境適合型次世代超音速機用 推進システムの研究開発(ESPR)」(1999~2004年度)、「シナジーセラミックス」(1994~2003年度)が実施され、航空機用ジェットエンジン部品などの要素技術の一部でCMC開発が行われた。

 その後、CMC開発への国からの支援が細り、多くの企業も事業化の見通しが得られずに撤退するなかで、IHI、日本カーボンなどにより国家プロジェクト「軽量耐熱複合材CMC技術開発」(2008~2010年度)、「タービン動翼に適用可能な軽量耐熱複合材料の研究開発」(2010~2012年度)が進められた。 

 2010年代に入り、米国GEによるSiC/SiC複合材料の航空機エンジン部品の開発状況が伝わる。
 これを受け、NEDO「戦略的省エネルギー技術革新プログラム」(2013~2015年度)、内閣府主導の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)では「革新的構造材料」と「耐環境性セラミックコーティングの開発」(2014~2018年度)、NEDO/METI「次世代構造部材創製・加工技術開発」では「軽量耐熱複合材CMC技術開発(基盤技術開発)(2011~2015年度)と「軽量耐熱複合材CMC技術開発(高性能材料開発)(2015~2019年度))など多くのプロジェクトが進められた。

 SIPの「1400℃級耐環境コーティングの開発」では、Si溶浸で緻密化したCVI-SiC/SiC複合材料に、EB-PVDで遮熱性を有するセグメント構造のYb2SiO5層、その下に水蒸気遮蔽性の緻密なYb2SiO5→Yb2Si2O7傾斜組成層、酸素遮蔽性のムライト、ムライトの分解を防ぐSiAlONボンドコートの多層EBCが開発された
 2021年6~7月、IHIは、防衛装備庁のP-1固定翼哨戒機用の高バイパス比ターボファンエンジン「F7-10」に1400℃級CMCシュラウド(多層EBCを施工)を組み込み、実証試験を行った。

 また、NEDO「次世代複合材創生・成型技術開発」(2020~2024年度)の中で、IHIは耐水蒸気性に優れた希土類ケイ酸化物粉末を織物内に含浸後、共晶組成の酸化物を織物に溶融含浸させた1400℃級CMC材料の実用化を進め、耐CMAS性に優れたYb2O3-Al2O3-HfO2系EBCを開発した。

図18 1400℃X400hのCMAS腐食試験でもEBCは剥離しない 出典:IHI

 現在、NEDO「航空機エンジン向け先進材料技術の開発・実証」(2023~2027年度)が、IHI、JAXA、UBEにより進められている。1400 ℃級CMC材料の製造・量産技術開発では、IHI横浜事業所のCMC製造専用棟にCMC製造設備を集約して、量産条件での製造技術実証を進めて課題の抽出・解決をめざしている。

 国内でのCMCとEBCの開発は航空機エンジンメーカーのIHIが先頭を走っており、SiC/SiC複合材料によるタービン高温部品の開発が進められている。しかし、2025年3月時点で、飛行試験には至っていない。

図19 IHI のCMC製タービン高温部品の開発例  出典:IHI

その他の国内企業のCMC開発

  2023年10月、「JAXA革新的将来宇宙輸送プログラム」に選定された湘南先端材料研究所のSiC繊維強化Al2O3(CMC)が、JAXAのアーク加熱風洞試験(750kW)で850℃の耐熱性を実証した。
 Al2O3マトリックスにホウケイ酸ガラスをベースとした特殊な添加剤を配合したプリプレグを積層し低温焼結するプロセスで、SiC繊維の表面コーティングを施さず、SiC繊維も低価格品を使用する。850℃の曲げ強度も十分高く、比重は3以下と軽量で、面積1m2×板厚2mmの量産コストは100万円以下をめざしている。

 2024年2月、三菱ケミカルグループは、高耐熱CMC材料(C/SiC)を発表。ピッチ系炭素繊維を用い、表面に酸素透過バリア層を設けることで、空気中で1500℃×1h保持しても強度が低下しない。
 「JAXA革新的将来宇宙輸送システム研究開発プログラム」で参考値として示されている1,600℃で800秒間の条件にも耐えうる材料である。今後は、2030年代前半の実現をめざす宇宙輸送システムの往還機熱シールドや、宇宙利用・回収プラットフォーム部材への採用を視野に耐熱性向上をめざす。 

 2024年8月、東ソーは高耐熱酸化物系CMCを発表した。アルミナ繊維系「TCA-01」とムライト繊維系「TCM-01」をベースに酸化物系マトリックスを組み合わせた。大気中1200℃、1000hの熱暴露後でも強度が低下しない。高温での繊維の粒成長を抑制する元素を、均質にドープする新規組織制御技術(UDM)を開発した。

 酸化物系CMCは、高温酸化雰囲気での耐久性に優れているが、高温域での繊維の結晶粒成長や繊維中の空孔形成が進むことで、800~1000℃以上での強度低下が問題であった。これが改善でき、SiC系CMCと比べて低コストであるため、適用部品の拡大が期待できる。

■2000年代に入るまで、セラミックス基複合材料(CMC)の開発は日本が世界をリードしてきた。なぜなら、SiC繊維の開発・供給メーカーは日本カーボンUBE(元宇部興産)の2社のみであったから。
2000年代に入り、政府からの開発支援が先細る中で、IHIと日本カーボンを除く多く国内企業がCMC開発から撤退した。しかし、米国ではGEが粛々とCMC開発を継続していた。
■2010年代に入り、状況が一変したのはGE、サフラン、日本カーボンが合弁会社を作り、SiC繊維の生産を開始した時である。慌てて、政府支援を復活させたものの後の祭りであった。
 技術は継続して”なんぼ”。IHIが、何とかCMC開発を継続してきたのが救いである。今後の鍵を握るのはUBEによるSiC繊維の耐熱性向上で、東レの炭素繊維のように頑張れるか、期待したい。

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