何故、急速に高まる核融合熱!(Ⅹ)

原子力

 気候変動の深刻化で世界的にカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量の実質ゼロ)の重要度が高まる中で、ロシアのウクライナ侵攻を発端とした世界的なエネルギー危機を背景として、膨大なエネルギーを生み出す核融合発電への期待が急速に膨らんでいる。
 関連産業の創出により経済成長にも貢献するとして、2023年4月には日本初の核融合戦略が公表された。しかし、夢のエネルギー核融合については以前にも話題になったことがある。過去を振り返ってみると、何かが見えてくるかもしれない。

常温核融合(コールドフュージョン)

 1989年3月、英国サザンプトン大学のFleischmannと米国ユタ大学のPonsらは、「パラジウムを陰極として重水電解質溶液中で長時間電解することで、D-D核融合反応によると思われる過剰の発熱を検出した」と発表した。「常温核融合」の可能性を示したことで、世界的に大きな注目が集まった。

 その後、様々な研究機関において電解法(湿式法)による追試実験が行われ、重水素ガスを圧入する乾式法でもこの反応が起こり得る可能性が指摘された。しかし、いずれもデータの再現性が確認されず、多くの研究機関で研究が打ち切られた。
 1989年末までに米欧の主要研究機関が常温核融合に否定的な見解を発表し、日本でも経済産業省が立ち上げた検証プロジェクトの報告書で、1993年に「過剰熱を実証できない」との見解を示した。

凝縮系核反応による核融合

 常温核融合は再現性が確認されず、多くの研究機関で研究が打ち切られた。しかし、一部の研究者により地道な研究が進められて徐々に再現性が高まり、2010年頃からは米国、イタリア、イスラエルなどに、エネルギー利用を目的としたベンチャー企業が誕生した。
 日本では「凝縮系核反応」、米国では「低エネルギー核反応」と呼び、再評価の動きがある。

 凝縮系核科学とは、金属内のように原子や電子が多数集積した状態で元素変換が生じる現象の研究分野である。国内では内閣府による革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)で、東北大学と三菱重工業が「核変換による高レベル放射線廃棄物の大幅な低減・資源化」の研究が進められた。

 2015年4月、東北大学電子光理学研究センターに「凝縮系核反応共同研究部門」が新設された。凝縮系核反応の応用は、発生した熱をエネルギー源に活用する動きと、核変換により放射性廃棄物の無害化や希少元素の生成を目指す動きがある。
 東北大学と2012年設立のベンチャー企業クリーンプラネットは、重水素ガスを圧入する乾式法による過剰熱発生で100%の再現性を確認し、現在は反応の高効率化と低コスト化を目指している。

 2015年11月、米国特許庁は凝縮系核反応に関する米国研究者からの特許申請「重水素とナノサイズの金属の加圧による過剰エンタルピー」を受理し、初めて特許として成立させた。これまでは、現在の物理学で理論的に説明できない現象に関しては特許は認められなかった。

 2016年5月、米国議会は、凝縮系核反応が実用化した場合に革命的なエネルギー生産と蓄エネルギーの技術になり、日本とイタリアが主導、ロシア、中国、イスラエル、インドが開発資源を投入しつつある現状認識から、凝縮系核反応を国家安全保障の観点から評価するよう国防省に要請した。

 2022年9月、クリーンプラネットとボイラ設備大手の三浦工業が量子水素エネルギーを利用した産業用ボイラーの共同開発契約を締結した。量子水素エネルギーとは、水素原子が融合する際に放出される熱を利用する技術で、2022年にはプロトタイプを製作し、2023年の製品化を目指している。
 工場の乾燥工程などで使う高温蒸気を発生させるボイラを想定して製品化を進め、200℃前後の工場排熱を核融合反応により500℃程度に高めるなどの運用を想定している。

磁気ミラー型核融合炉

 2014年10月、米国Lockheed Martin(ロッキード・マーチン)が独自の核融合炉技術の特許公開と、核融合発電を10年以内に実現すると発表し注目を集めた。開発したのは磁気ミラー型磁気閉じ込め核融合炉で、5年以内にプロトタイプを試作、10年以内に核融合炉を生産できる見通しを示した。
 核融合炉は9~18組の超電導コイルなどで構成され、内部コイルは炉内部にプラズマを閉じ込める磁束密度の勾配を形成し、ミラーコイルでプラズマ粒子が外部に漏れ出るのを防ぐ。想定する核融合炉は長さ10m、直径7mと小型で、内部に重水素ガスを注入後、電磁波を利用して加熱する。

 磁気ミラー型はプラズマ粒子が逃げやすい問題があり、過ってトカマク型に取って代わられた経緯がある。ロッキード・マーチンはプラズマ粒子の損失をミラーコイルなどの新設計で解決した。その結果、トカマク型の1/10の小型化が可能であるとした。ただし、学術論文などは発表されていない。

図17 超電導コイルを設置する出力100MWeの小型核融合実験設備  
出典:Lockheed Martin

夢のエネルギー核融合の実現

 石油ショック後に、常温核融合(コールドフュージョン)の話題が世界を駆け巡った。リーマンショック後には、名前を変えて凝縮系核反応による核融合が再燃を始め、加えて米国ロッキード・マーチンが磁気ミラー型核融合を2024年までに実現すると発表した。
 現在は、新型コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機を背景に、新たな核融合ブームが始まっている。経済不況に陥ると、人々は夢のエネルギー核融合の実現を待ち望むようである。

表1 経済不況と夢の核融合

 欧米を中心に世界が核融合の実現に向けて加速する中で、日本が得意とする部品サプライチェーンや材料メーカーなど、周辺領域の企業の動きも活性化を始めている。夢のエネルギー核融合は国内産業活性化のためには、極めて有効である。
 ITERでは、プラズマを閉じ込める超電導コイルを東芝エネルギーシステムズや三菱重工業が、加熱装置は日立製作所やキヤノン電子管デバイスなどが製造した。また、フジクラや古河電気工業は超電導コイルの材料である高温超電導(HTS)線材を、核融合スタートアップに供給する。

 夢のエネルギー核融合の実現には、10年、20年先を見据えた継続的な研究開発が必須である。水素社会の実現と同様に、まだまだ長期間にわたる地道な努力と投資が必要である。今回を一過性の核融合ブームとしないためには、核融合のコア技術の多用途展開を図る必要がある。

コメント

タイトルとURLをコピーしました