航空機の機体へのサメ肌加工

航空機

 サメ肌を模した微細なリブレット加工が、流体による摩擦抵抗の低減に有効なことは良く知られている。航空機の機体表面へのリブレット加工の実証試験が、航空各社(ルフトハンザ、ANA、JAL)で進められている。1~2%程度の燃費削減が可能な技術で、CO2削減にも有効とされている。
 今後のリブレット加工の適用拡大には費用対効果が鍵となる。記録を争う高速水着では、それなりの意味はあったが、経済的に成り立たなければ大面積の航空機の機体での採用は難しい。 

バイオミミクリーとは?

 バイオミミクリー(生物模模倣)とは、ギリシャ語で「生命」を意味するbiosと「模倣」を意味するmimesisを組み合わせた造語で、生命・自然界における形状・プロセス・生態系から学び、注意深く模倣することで、より持続可能なデザインイノベーションを生み出すことである。
 持続可能な社会に向けて、長い年月で進化してきた自然界の叡智に敬意を払い、学ぶことがバイオミミクリーの本質である。

 バイオミミクリーが注目を集めた一つに、北京オリンピックに向けて2007年に登場した英国speedoが開発した水着のLZR Racer(レーザー・レーサー)が良く知られている。
 サメ肌には、水の抵抗を減らし推進力を高める効果があることが知られており、これを模して高速水着の表面には微細なリブレット加工が施されていた。多くの水泳選手が着用し、次々と世界新記録を出したことは記憶に新しい。2010年4月、高速水着は規制され、実質的な禁止措置が取られたが、、、

サメ肌に関する最近の研究

 2018年3月、ハーバード大学とサウスカロライナ大学は共同でサメの皮膚に関する研究を行い、皮膚の微細構造が推進力を高めるメカニズムを解明した。サメの皮膚を電子顕微鏡で見ると、数千もの小さな鱗(うろこ)または小歯状突起で覆われている。

 研究チームは小歯状突起をマイクロCTスキャンを使って3次元モデル化し、それを湾曲した翼体の表面に3Dプリントして風洞実験を行った。その結果、小歯状突起形状は薄型の微細な渦発生装置として作用し、翼体の揚力を大きく増加させることを発見した。

 一般に、翼体の表面に凹凸を付けると流体による摩擦抵抗は増える。しかし、小歯状突起形状の場合は微細な渦が多数発生して翼体の揚力を大きく増加させることで、摩擦抵抗の増大よりも圧力抵抗の低減の効果が顕著となるのである。最近の新しい知見である。

 なるほど、本わさびを擦りおろす時にサメ肌を使うと、きめ細かくクリーミーに仕上がる理由が分かる。空気を多く含ませることで、本わさびの香りとツンとくる刺激が強化されるようだ。

図1 サメの皮膚の電子顕微鏡写真(右側)とハーバード大学の研究で用いられた3次元モデルのイメージ(左側)

 しかし、現時点ではこのサメ肌を直接に翼体の表面に再現するのは経済的に難しい。そのため、高速水着のように微細なリブレット加工(縦溝)を施すことで、様々な機械部品表面の摩擦抵抗の低減が検討されている。 

 リブレットは摩擦抵抗の低減に有効である。乱流と呼ばれる領域では壁面境界層に強いヘアピン渦が発生し、それに伴う壁面近傍の連続的な縦渦の発生により摩擦抵抗が生じる。リブレット加工を施すと、渦と壁面との間に距離が生じ、接触面積が少なくなることで接触摩擦抵抗を低減する。

 リブレット効果を最大化するには、対象部位毎の流体状況(流速・密度・粘性・流れの向き等)に応じて計算流体力学による縦溝構造の設計が重要である。2021年5月、ニコンは、オーストリアのバイオニック・サーフェス・テクノロジーズと、リブレット加工技術の戦略的共同開発契約を締結した。

 また、ニコンは、リブレットのレーザー加工の受託サービスを行っており、従来の樹脂フィルムに加えて、樹脂、金属、コーティング・塗膜などにもリブレットを直接付与することが可能である。実際に、ガスタービン圧縮機や超小型ジェットエンジン部品などへの適用検討を進めている。

図2 リブレットによる摩擦抵抗低減のメカニズムとリブレット加工の断面観察結果 出典:ニコン資料

 また、オーウエルは、既存の塗膜上に水溶性の型(モールド)を使ってリブレット(縦溝)を形成する「Paint-to-Paint Method」を開発している。
 所定のリブレット形状を写した水溶性モールドに、航空機と同じ塗料を塗工してフィルム化し、航空機の既存の塗膜の上に同フィルムを圧着する。塗膜が硬化した後、水洗いすることで水溶性モールドを除去する手法で、高さ50μmのリブレットを寸法誤差±5%以下で形成できる。

航空機体へのリブレット加工の適用

ルフトハンザ

 2021年5月、ルフトハンザグループの子会社Lufthansa Technikとドイツの総合化学メーカーBASFは、サメ肌を模した新フィルム「AeroSHARK」を開発し、ルフトハンザカーゴが2022年より全機に適用すると発表した。機体への新フィルム貼付により、1%程度の燃料削減を見積もっている。
 「AeroSHARK」には、リブレットという高さ50μmの微小突起物が何百万個もあり、このフィルムを機体に貼ることで空気抵抗を減らす。ルフトハンザカーゴのボーイング777Fの場合、保有する全10機で約3700トン/年の燃料削減と、1.17万トン/年のCO2排出量の削減が可能である。

 2022年3月には、ルフトハンザグループ傘下のスイス航空で機体への「AeroSHARK」の適用を公表している。ボーイング777型機の胴体とエンジン部分の表面に合計950m2のフィルムを貼ることで、約1.1%の燃料削減できるとしている。
 スイス航空は2022年半ば以降、順次ボーイング777型機にフィルムを導入する。運航する全てのボーイング777型機で適用が進むと約4800トン/年の燃料削減と、最大1.52万トン/年のCO2排出量の削減が可能である。

図2 スイス航空が保有するB777-300ER機

全日本空輸(ANA)

 2022年10月、ANAはB787型機の特別塗装機「ANAグリーンジェット」を公開した。胴体の一部に燃費改善効果があるニコンの「リブレットフィルム」を国内航空会社として初適用し、2機を使って耐久性を検証する。1機目は羽田―サンフランシスコの定期便、2機目は11月に国内線で運行する。
 仮にANA全機の機体表面の約8割にリブレットフィルを装着すれば、約30万トン/年のCO2排出量の削減が見込めると試算している。

日本航空(JAL)

 2023年2月、JALは、JAXA、ニコン、オーウエルと共同で、B737-800型機の2機で胴体外板の塗膜上にリブレット加工を施し、2022年7月から国内線で飛行試験(1機は750時間、もう1機は1500時間)を実施した結果、燃費改善効果と実用化に十分な耐久性を確認したと発表した。
 1機にはニコンによる塗膜上に直接レーザーでリブレット加工、もう1機にはオーエンによるPaint-to-Paint Methodのリブレット加工を、胴体下部のサービスパネル(機体内部を点検・整備するために開閉できる蓋)上の2箇所(約7.5cm2)に施した。
 一般に、ピッチに対して高さを半分にすると摩擦低減効果が高くなるため、リブレット加工は高さ50μm、ピッチ100μmとした。JAXAの試算では、リブレット加工を航空機全面に施工すると、およそ2%の燃費改善が見込める。
 今後、737-800型機に対してより大面積のリブレット加工を施した実証機で飛行試験を継続し、その後、国内線の大型機、国際線機材へと順次展開していく計画としている。

 しかし、航空機の機体表面80%以上への適用で1~2%程度の燃費削減が可能な技術では、費用対効果が課題となるであろう。より一層の低コストプロセスの開発が急務である。

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