電気自動車用蓄電池の供給状況(Ⅷ)

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 現状でリチウムイオン電池(LIB)のリサイクル事業では十分な利益は出ていないが、2025年以降は使用済み蓄電池が大量に放出されて経済性は改善される。政府は規制と補助金の両面でリサイクル企業の支援を行う必要がある。EV市場の拡大に追随して、8~15年遅れでリサイクル市場が拡大する。

LIBリサイクル技術の進化

 この数年でLIBリサイクル技術は急速に進化している。従来はLIBを破砕して正負極材料が混合した電池粉(ブラックマス)を1300~1500℃の炉で溶融し、還元されやすい金属元素から順番に還元して分離する「乾式精錬」が主流であったが、工程でのCO2排出量が多く、高精度分離が困難であった。

 一方、低温(100℃以下)で硫酸、塩酸、硝酸などによりブラックマスから所定の金属イオンを浸出し、化学的な処理を加えて各金属を硫酸塩などの形で単離する「湿式精錬」も良く知られたリサイクル技術であったが、工程が複雑で強酸を使うため腐食・廃液処理などの問題があった。

 ベルギーのユミコアなどは乾式精錬と湿式製錬を組み合わせているが、最近では、クエン酸、コハク酸、アスパラギン酸、乳酸、酢酸、リンゴ酸など扱いやすい有機酸を使うことで、低コスト化でCO2排出量の少ない分離技術が開発され、現在では湿式製錬が主流となっている。

 さらに、次世代に向けて湿式製錬の中でも注目されているのが、米国Ascend Elements(アセンドエレメント)が開発したHydro-to-Cathode技術である。ブラックマスから金属を単離せず、正極活物質であるNi-Mn-Co(NMC)を直接製造する「ダイレクトリサイクル」である。

 Hydro-to-Cathode法は、ブラックマスから黒鉛などの炭素材料をろ過などで除去し、その後に酸で浸出して銅、鉄、アルミニウムなどの不純物を除去し、さらに水酸化ナトリウムを加えてpHをアルカリ性にして残留アルミニウムなどの不純物を除去する。残った材料には所定の正極材料(NMC組成)になるよう、ニッケル、マンガン、コバルトの硫酸塩を添加し、炭酸リチウム(Li2CO3)を加えた後、450℃×9時間、次に900℃×14時間の焼成を行う。これにより直径約10nmのNMC粒子を製造することができる。
 その結果、製造工程のコストは従来の約1/2、CO2排出量は従来の93%に軽減されることが明らかとなった。この再生NMCを用いて作製したLIBのセル性能は、新品のNMCで作製したセル特性(サイクル寿命、充放電性能など)を大きく上回ることが確認されている。

日経X手ch、https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01948/00005/

日本の『蓄電池産業戦略』とは?

 日本は火力発電への依存度が高く、蓄電池や素材の製造段階、蓄電池のリサイクル段階において電力使用量が多いためライフサイクル評価ではCO2排出量が多くなる。一方で、LIBは再処理コストに比べて含まれている資源価値が低いため、採算が合わないのが現状である。

 そのため、蓄電池のリサイクルを推進する業界団体JBRCによると、LIBの再資源化率は2017年度から52~53%と頭打ちになっており、国際競争力を維持するためにも対策が急務である。
 再資源化率(%)=再資源化物重量×金属元素含有率/処理対象電池重量(付属部品を除く)×100

 2022年1月、経済産業省は蓄電池の普及に向けて、EVを中心に蓄電池を回収・再利用する枠組みや、調達・製造・廃棄の全過程での温室効果ガス排出量の算定方法、鉱物資源など調達網の人権・環境対応を調査しリスクを減らす基盤整備について有識者による研究会を開催した。
 その結果、経済産業省は2021年11月に「蓄電池産業戦略検討官民協議会」を立ち上げており、本研究会と連携しながら蓄電池産業全体の戦略を検討することになった。

 2022年4月、経済産業省は蓄電池製造を支援するために、2030年に蓄電池容量:600GWh(国内:150GWh、海外:450GWh)の生産能力を確保する目標を公表した。2020年の生産能力の約20倍となる高い目標で、民間企業の投資を促すため補助金を拡充し、世界シェアを維持するのが狙いである。

 2022年8月、経済産業省の蓄電池産業戦略検討官民協議会から「蓄電池産業戦略」が公表された。この戦略の基本的な考え方は次に示すとおりで、蓄電池のサプライチェーン(供給網)の構築を主として、次世代電池の実用化加速、蓄電池のリユース・リサイクルにも焦点をあてた。

  • 【1st Target】 従来の戦略を見直し、我が国も民間のみに委ねず政府も上流資源の確保含め、液系LiBの製造基盤を強化するための大規模投資への支援を行い、国内製造基盤を確立。
  • 【2nd Target】 グローバルを意識して国内で確立した技術をベースに、グローバル市場をリードするプレーヤーが競争力を維持・強化できるよう、海外展開を戦略的に展開し、グローバルプレゼンスを確保。
  • 【3rd Target】 全固体電池など次世代電池を世界に先駆けて実用化するために技術開発を加速し、次世代電池市場を着実に獲得。
    併せて、人材育成、国内需要拡大の環境整備、リユース・リサイクル、再エネ電源による電力供給の拡大と電力コスト負担の抑制といった環境整備も進めていく。

 これらの基本的な考え方に基づいた蓄電池産業戦略の目標値は、図5に示すものである。国内の自動車メーカーによるHEV、BEVの安定製造を支えるのが一義で、政府補助金により蓄電池メーカーの投資意欲を高めて世界シェア20%をキープし、先行する全固体電池の開発を加速するのを狙いとした。

 技術開発で先行したリチウムイオン電池であるが、市場は中国・韓国勢の後塵を拝している現状を打破するために産業戦略は重要である。蓄電池メーカーの投資意欲が高まるのは確実な国内市場の拡大であり、蓄電池ユーザーの購買意欲が高まるのは高性能・低コスト化である。この機軸が見えてこない。

図5 蓄電池産業戦略で設定された目標値

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